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最近特に増えていると感じる医療トラブルは,高齢者医療を巡る問題です。80〜90歳代の親を持つ家族から,入院中患者が誤嚥性肺炎で亡くなったのは医療ミスではないか,という問合せが後を絶ちません。医療安全に対する患者や家族の意識が高くなってきている一方,医学知識が不足するため元気そうに見えたのに急に亡くなると医療ミスだと誤解されがちです。医師が,誤嚥性肺炎について予め患者家族に分かりやすく説明しパンフレット等を渡していれば誤解を防げるのですが,そのような説明が必要だと医師が認識していない場合が多いです。医師にとって当たり前の事でも,患者や家族には当たり前ではないことを多くの医師が分かっていないことは問題です。

 

又,認知症や脳梗塞後等でコミュニケーションが取れない高齢患者であっても家族には大切な存在ですから,医療関係者の「高齢だから仕方がない」といった言動は,患者家族の不信感を招き後にトラブルになることが多いです。

 

裁判では,肺炎の見落とし,誤嚥,転倒事故で医療機関側の過失が認められる場合があります。介護施設を運営する医療機関が増えていますが,入所者(61歳)が肺炎で死亡したケースで,裁判所は,医師は必要な検査をして早期に肺炎と診断し適切な病院へ転院させるべきだったとして1870万円の支払いを命じました(鹿児島地裁平29年5月17日)。高齢患者の場合,嚥下機能が低下するため誤嚥が多いですが,患者が窒息して訴訟になる場合があります。嚥下障害のある患者(80歳)がおにぎりを誤嚥して死亡したケースで裁判所は,看護過失があったとして病院側に2882万円余の支払いを命じました(福岡地裁平19年6月26日)。裁判所は,看護師は,誤嚥の危険性を認識した場合,誤嚥することがないように注意深く見守るとともに,誤嚥した場合には即時に対応すべき注意義務があるのに見守らず患者の窒息に気づくのが遅れた過失があると認定しました。転倒による骨折が問題になることも多いです。転倒が予測される場合,防止策をとっていないと法的責任を問われます。介護施設でデイサービスを受けていた85歳女性が施設内のトイレで転倒し骨折したケースで裁判所は,歩行介護義務違反があったとして施設側に1253万円余の支払いを命じました(横浜地裁平17年3月22日)。

 

高齢者の場合,骨粗鬆症により骨折することが多いですが,入院中に骨折が見つかり患者や家族が医療ミスだと誤解しトラブルになることも少なくありません。入院の際などに,予め患者家族に骨粗鬆症により「いつのまにか骨折」することがあると医師・看護師が説明すれば防げるトラブルです。医療関係者は,患者や家族に誤解を生じさせないように丁寧に説明することが大切だと思います。
 

 

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一般の方も医療関係者も,医療事故が起きると裁判になるというイメージを持っている方が多くおられます。しかし,医療事故が起きてもいきなり裁判になることはなく過失が明らかなケースは,示談で解決することが多いです。損害賠償額についても,莫大な金額を請求するイメージがあると思いますが,実際は裁判所の算定基準に基づいて算出された裁判所基準額に近い金額で示談をするのが一般的です。そして,損害賠償額は裁判をしても変わらず,裁判をすると裁判費用や弁護士着手金など費用がかかるため,患者側は示談をする方がメリットになります。医療機関側も,裁判で患者側と何年も争うより医師賠償責任保険等を使用して示談をした方が早期円満解決することができてメリットになります。医療行為の過失の有無が争点となるケースは,裁判で争わざるを得なくなります。そこで医療訴訟の現状について見てみましょう。 

 

最高裁判所の統計資料によると,医療関係訴訟件数は一時増加傾向にありましたが,平成16年の1,110件をピークに減少し,平成21年には732件まで減りました。その後,また増加傾向に転じましたが,平成26年から平成29年は830件から870件の間で漸減漸増しており平成29年の速報値が857件ですから概ね横ばい傾向で落ち着いているといえます。医療訴訟の患者側の勝訴率(認容率といいます)は,平成12年の46.9%が最も高く,平成16年まで40%前後で推移していましたが,その後減少し続け平成28年には17.6%まで低下しました。平成29年は20.5%に増えましたが,過去4年間,患者側勝訴率は概ね20%前後で推移しています。通常訴訟の原告勝訴率は80%台を維持し平成29年は84.9%ですから,医療訴訟で患者側が勝訴するのがいかに難しいかが分かります。医療訴訟の平均審理期間は,平成28年23.2月,平成29年は24.2月で,過去12年間裁判終了まで概ね2年かかっています。通常訴訟の平均審理期間は,8.6月(平成28年)ですから(最高裁判所「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書第7回」平成29年7月21日),通常訴訟に比べ医療訴訟は相当時間がかかることが分かります。医療訴訟は,判決より裁判上の和解で終わることが多いのも特徴です。通常訴訟の和解率35.8%(平成28年)に対し(上掲報告書),医療訴訟は,平成28年は51.1%,平成29年は54.6%が和解で終わっています。和解率が高いのは,裁判官が患者側勝訴の心証を持ったとしても,医療機関側の専門的な主張を排斥して患者側勝訴の判決書を書くのは難しいので熱心に和解を勧めるためです。和解は当事者双方にとっても判決で終わるよりメリットがあります。判決の場合,負けた方が控訴すると高等裁判所でまた争わなければならず負担になりますし,勝ったと思ったら高等裁判所で判決が覆される場合もあります。和解すれば紛争を蒸し返されることなく早期解決することができます。医療機関には,和解をすることで,新聞やインターネット等で判決内容が公表され風評被害を受けるのを防止できるメリットもあります。

 

医療訴訟の多い診療科目は,平成29年の統計資料で,内科(24.0%),外科(14.9%),整形外科(13.3%),産婦人科(7.2%),形成外科(4.0%)の順です。過去のデータを見ますと内科,外科,整形外科の順位は変わっていません。
 

 

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2019年5月9日,2018年の医療事故の報告件数が4565件で過去最多と報道されました。年単位の集計を始めた2005年は1265件,その後13年間増え続けています。新聞で報道される医療事故数は,医療機関が日本医療機能評価機構に報告した医療事故数です。医療機関の内訳は,法令により医療事故の報告が義務づけられている大学病院や国立病院機構の病院など274施設からの報告が全体の約9割にあたる4030件,任意で参加する797施設からの報告が535件でした。事故の程度の内訳は,死亡7.3%(293人),障害残存の可能性有り36.3%(1464人)となっています。過去最多といっても事故自体が増えているのではなく,医療安全に対する意識が高まり,報告する医療機関が増えたと考えられます。機構は「医療事故を報告することが定着してきている」と評価しています。 

 

では,全国で1年間にどの位医療事故が起きているのでしょうか。機構に報告義務のある医療機関でも年間約15件,月に1回は医療事故が起きていることになるので各医療施設で月に1回医療事故が起きていると仮定すると,全国に医療施設は17万8937(病院8399,診療所10万1777,歯科診療所6万8761)ありますので(厚生労働省「医療施設動態調査」平成30年2月末概数),215万件程になります。2018年の交通事故発生件数が43万0601件ですので,医療事故の発生件数の方が多そうです。患者が,医療事故から身を守るには,先ず,医療事故は身近に起こり得るという認識を持つことが大切です。
 

 

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病院にかかるとき,漠然と大病院の方がいいと思いがちです。確かに,大病院の方が,最先端の医療機器など設備が揃っており,症例数が多いので場数を踏んで技術のある医師が多いでしょう。しかし,結論から言うと,病院の大きさと医療ミスの多さは関係ありません。医療法律相談を受けると某大学病院の医療ミスの相談を何度も受けます。大学病院は,教育を目的としているので経験の乏しい医師が手術で失敗するなど医療事故数は比較的多いと言えます。しかし,全ての大学病院で医療ミスが起きているかと言えばそうではなく,一部の大学病院で繰り返し医療ミスが起きています。医療ミスを繰り返す病院の特徴は隠蔽体質にあり,真摯に反省しないため,同じような事故が繰り返し起きます。ミスを起こした医師個人のみならず,病院の管理体制に問題があると考えられます。


もう一つ,大病院に特有な問題として,その分野の第一人者と認められるため症例数を増やして実績を作りたい医師が,患者に「簡単な手術」と説明して危険性の高い手術や新しい治療法を実施し事故を起こしてしまうケースがあります。記憶に新しいのは,群馬大学医学部附属病院の腹腔鏡下肝切除術で8人が亡くなった事件です。同病院は,事故調査報告書のなかで全てのケースで過失有りと判断したほか,術前,患者に十分なリスク説明がなされず,未だ安全性・有効性が確認されていない保険適用外の高難度手術を実施する場合に必要な院内の倫理審査委員会への申請も行っていなかったと述べています。8例全例で死因解明のための病理解剖が行われず,診療科から病院への死亡事故報告もなされておらず,病院の安全管理に対する認識の甘さが浮き彫りとなりました。 

 

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元々の制度設計は,事故の原因を究明し再発防止に繋げるための情報収集手段でした。しかし,「医療事故調査制度」という名称が,病院側にも患者側にも医療ミスの責任追及手段という誤解を招いているのが現状です。新しい制度の問題点が徐々に浮き彫りとなり,平成28年6月,制度の一部改正が行われました。

医療事故調査制度開始から1年間の報告件数

平成27年10月に制度が始まり,1年間の報告件数は388件でした。制度設計の段階では,年間1300〜2000件の報告があると予想していましたが,実際はその2〜3割に過ぎませんでした。388件のうち,病院は362件,診療所は26件でした。診療科では,外科69件,内科56件,消化器科と整形外科が各々34件,循環器内科が25件,産婦人科22件,心臓血管外科21件,小児科17件,脳神経外科16件,精神科15件,その他79件でした(プレスリリース医療事故調査制度の現況報告[9月]平成28年10月11日医療事故調査・支援センター)。

医療事故調査制度の問題点―事故の報告件数が少ない

利用されなければ制度を作った意味がありません。なぜ,報告件数がこんなに少ないのでしょうか。まず,担当医師が院長など医療機関の管理者に対し事故報告をなさず,そもそも管理者が死亡事故が起きたことを把握していない場合があります。次に,医療機関が第三者機関(日本医療安全調査機構)に報告しなければならない医療事故は,「予期しなかった」死亡事故ですが,判断基準が曖昧なため,報告しない場合があります。予期できたか否かは患者の病状から判断するもので,一般的な死亡の可能性について説明しただけでは「予期していた」ことにはならないのですが,医療法施行規則第1条の10の2は,医師が患者家族に死亡が予期されることを説明していたか,診療録等に記録していた場合は「予期しなかった」死亡に該当しないとしているため,事前に患者家族に死亡のリスクを説明しさえすれば報告する必要はない,とも受け取れます。しかも,遺族からは,事故を第三者機関に報告することができないので,「医療事故」として報告するか否かは,医療機関の管理者の判断次第でした。

医療事故調査制度の見直し

厚生労働省は,報告件数が伸び悩む医療事故調査制度の改善を図るため,平成28年6月24日,医療法施行規則の一部を改正する省令の公布等を行いました。医療機関の管理者は,院内で起きた医療事故を漏れなく把握する体制を確保しなければならないことが明確化され,「予期しなかった」死亡事故の判断基準や院内調査方法を全国で統一するため協議会を設置し検討することになりました。担当医師が死亡事故を院内で報告しない場合に備え,第三者機関が遺族の相談を受け,医療機関に対し遺族の調査要望を伝える仕組みも作られました。          

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裁判以外の紛争解決法

医療事故が起きて,患者が病院と話し合いをしたけれど行き詰まってしまった場合,裁判を起こすしかないと思っている方が殆どだと思います。しかし,裁判以外にも医療ADRという紛争解決法があります。ADRは, Alternative Dispute Resolutionの略で,裁判外紛争解決という意味です。第三者が入って当事者間の話し合いによる紛争解決を支援する制度です。東京三弁護士会(東京弁護士会,第一東京弁護士会,第二東京弁護士会)が2007年9月に開設し,その後,札幌,仙台,愛知,京都,大阪,愛媛,岡山,広島,福岡の9つの弁護士会でも実施されています。その他,茨城県では医師会が主催する「茨城県医療問題中立処理委員会」,千葉県にはNPO法人「医療紛争相談センター」が医療ADRを行っています。やり方は場所によって異なります。東京では,医療紛争の経験豊富な弁護士2名(普段,病院側の代理人をしている弁護士,患者側代理人をしている弁護士,各1名)と医療事件と無関係な弁護士の3人があっせん・仲裁人になります。普段,病院や患者の代理人をしていても,あっせん人は当事者双方の話し合いを促す立場ですから,どちらの味方でもなく中立です。むしろ,日ごろ医療事件を扱っている弁護士が関与するため,過失や因果関係の有無が分かりますし,妥当な損害賠償額,裁判になった場合の見通しなどの話もできるので,当事者間の充実した話し合いが可能となります。東京は3つの弁護士会がそれぞれ医療ADRを行っていますが,医療紛争の経験豊富な弁護士のあっせん人名簿は,東京三会で共通なので,どの会に申し立てても変わりありません。第二東京弁護士会の場合,申し立てられた相手方病院へ期日への出席を要請したり,患者本人が申し立てた場合に申立ての整理を行うなど医療ADRの利用をサポートする「手続管理者」と呼ばれる弁護士がいます。              

医療ADRのメリット

医療裁判は時間がかかります。最高裁判所の統計資料によれば,平均審理期間は平成28年で23.2か月,約2年です。これに対し医療ADRの平均期間は6〜7か月,平均期日回数は和解成立事件で4回ほどです(東京三弁護士会医療ADR第二次検証報告書,2016年3月 )。 http://niben.jp/news/info/2016/160426135243.html

医療裁判では,裁判費用,弁護士費用,私的鑑定意見書料,裁判所が鑑定を採用した場合の鑑定費用など費用がかかります。医療行為の過失が争われるケースでは私的鑑定意見書の提出が必要になりますが,患者側が私的鑑定意見書を提出すると病院側からも私的鑑定意見書が提出されるので,それに対する私的鑑定意見書を更に準備しなければなりません。裁判に提出する私的鑑定意見書料は通常最低でも一通30万円以上かかりますので裁判の間に複数の医師に数回作成して頂くとかなりの金額になります。これに対して,医療ADRでも,申立手数料,期日手数料,成立手数料がかかりますが,弁護士を頼まず本人で申し立てることができますし,裁判と異なり私的鑑定意見書がなくても手続きは進められるので裁判より費用は少なくすみます。            

医療裁判では,患者が過失及び因果関係を証明する責任を負っているため,証拠がないとか,協力医がいないか経済的理由から私的鑑定意見書を証拠として提出することが出来ないと負けてしまいますが,医療ADRは話し合いによる紛争解決を支援する手続きなので客観的証拠に基づく証明ができなくても紛争が解決できる場合があります。 

医療裁判では,過失・因果関係・損害額といった法的争点以外問題にしません。患者や家族が,争点以外のところにわだかまりを感じているような場合,本人の気持ちと別に裁判が進み疎外感を感じることがあります。医療ADRでは,法的争点以外に,診療経過,事故状況や病院の事故の再発防止策について説明を求めたり,患者家族の思いを病院に伝えたりすることができます。患者家族は,補償の問題のみならず真相解明,病院側の真摯な反省,事故を無駄にしないよう具体的な再発防止策の構築を希望することが多いです。患者家族が,医療ADRの手続きに自ら参加することで心の整理がつき紛争解決に繋がることもあります。

医療裁判では,裁判官を選べませんが,医療ADRでは,申立人があっせん人名簿の中から希望する弁護士を指名することができます。その場合,相手方の意見を聞いてあっせん人を決めます。

医療裁判は,3審制(3回まで審理を受けることができる制度)ですが,医療ADRには回数制限がないので何度でも申立可能です。 

医療裁判は,裁判を提起できる裁判所が決まっていますが,医療ADRは,他の県で起きた事件を東京の医療ADRに申し立てることが可能です。

医療裁判は,公開ですが,医療ADRは非公開の手続きなのでプライバシーが保たれます。

医療ADRのデメリット

裁判は出廷義務がありますが(書面を出さず全く出頭もしないと,相手の主張を認めたことになってしまう),医療ADRは任意の手続きなので医療機関側が期日に出席しない場合,手続きが進められません。相手方が期日に出席する割合(応諾率)は,66.7%(前掲東京三弁護士会医療ADR第二次検証報告書,2016年3月)で,必ずしも高くありません。医療機関が,医療ADRのことを,過失の有無を判定する手続きだと誤解しているのではないかと思います。医療機関に,医療ADRが,話し合いによる紛争解決を支援する使い勝手の良い制度で紛争の早期円満解決につながることが広まれば,応諾率も徐々に増加することでしょう。実際,医療機関側から,医療紛争の早期円満解決の為,医療ADRを申し立てるケースも増えています。病院が示談を希望し裁判所基準に照らし妥当な賠償額の提案をしているのに,患者の病院に対する不信感から当事者同士の話し合いが進まない場合,医療ADRを利用すると,病院側と同じ内容でも第三者であるあっせん人から説明されれば患者側も病院が妥当な提示をしていることを知り早期解決に繋がることがあります。

医療ミスを起こした場合の3つの法的責任

医療ミスを起こした場合,医師・看護師その他の医療従事者は,民事責任,刑事責任,行政責任の3つの法的責任を問われる可能性があります。通常は,患者や遺族から民事責任(損害賠償責任)を追及されるのみです。しかし,医療ミスにより患者が死亡したり,重大な後遺症が残った場合には,刑事事件になる場合があります。刑事事件になると,刑事責任(刑法211条業務上過失致死傷罪:5年以下の懲役もしくは禁錮又は百万円以下の罰金)が問われます。刑事事件で,罰金以上の刑に処せられると,厚生労働大臣が医道審議会の意見を聴いて行政処分(戒告,医業停止,免許の取消し)を下します(医師法7条,保健師助産師看護師法14条等)。                         

民事裁判で問われる2つの責任

民事裁判では,医療ミスを起こしたのが勤務している医師や看護師の場合,個人を訴えることはできますが(民法709条),医療従事者を被告にすることは比較的少ないです。人はミスをおかしてしまうものだから罪を憎んで人を憎まずの精神で,医療従事者個人を紛争の当事者にして仕事に支障を来さぬよう,又,医師の将来を考え患者家族があえて個人を被告にしないよう願うことが少なくありません。勤務医が被告になるのは,患者家族に対する対応がよほど酷かったか,患者弁護士の方針と考えられます。通常は病院を開設している法人を被告として使用者責任(715条)を追及することが多いです。これは不法行為責任といって,交通事故と同様に当事者間に契約関係がない場合の責任追及の方法ですが,患者と病院は診療契約を締結しているので,病院を開設している法人(個人病院や診療所の場合は開設している医師)に対し契約上の責任,即ち,債務不履行責任を併せて追及します(民法415条)。不法行為責任や債務不履行責任は,法律構成といわれるもので不法行為に基づく損害賠償請求単独でも,債務不履行に基づく損害賠償請求が併せて主張されても,損害賠償額に差はありません。

不法行為責任と債務不履行責任の差

損害賠償請求権の消滅時効期間は,不法行為責任の方が短いことから(被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年[民法724条],債務不履行責任は,権利を行使することができる時から10年[民法166条,167条]),不法行為責任が時効にかかって追及できないときは,債務不履行責任を単独で主張します。不法行為構成と債務不履行構成では,消滅時効期間の他,遅延損害金の発生時期・近親者固有の慰謝料請求の可否・相殺の可否等で差があります。遅延損害金の発生時期は,不法行為構成では,不法行為の時発生するのに対し,債務不履行構成では,被告に請求した日(実務では訴状送達の日)の翌日から遅延損害金の支払いを請求できるにすぎません。近親者固有の慰謝料については,不法行為構成では請求できますが,債務不履行構成では,近親者は診療契約の当事者ではないので認められません。相殺(互いに差し引くこと)については,医療機関が患者に対して債権を持っていても不法行為構成では,相殺が禁止されていますが,債務不履行構成では禁止されていません。さらに,債務不履行構成の場合,患者と医療従事者とは契約関係が無いので勤務している医師や看護師個人を被告にすることはできません。

医療行為の過失には,問診義務違反,検査義務違反,診断義務違反,治療義務違反,術後管理義務違反,投薬に関する義務違反,療養方法の指導に関する義務違反,転送義務違反,看護に関する義務違反などがあります。

■問診義務違反

問診とは,診察を受けたとき医師から尋ねられる病状,経過,アレルギーの有無,患者及び家族の病歴等の質問のことです。医師は,患者に問診を行って診断や治療の助けにします。問診義務違反が問題となる類型として,(1)疾患の鑑別に必要な問診をしなかった場合と,(2)投薬や麻酔の際問診を怠りアナフィラキシーショック(アレルギー反応の一つ)により死亡するケースがあります。患者は,通常,病気の典型的症状を知らないので自分の症状を的確に言葉で表現することができませんし,病気によっては持病や過去にかかったことのある病気(既往歴)や親兄弟の病気(家族歴)が重要な情報になることも知りません。医学の素人ですから医学的に何が大事で何が大事ではないか分からないのは当然です。医師は,患者に医学的知識が乏しいことを踏まえ鑑別診断や治療に必要な情報を上手に患者から聞き出さなければなりません。医師の問診義務違反が問題となった判例に,最判昭36.2.16(献血の際の問診),最判昭51.9.30(予防接種の際の問診),最判昭60.4.9(投薬の際の問診)があります。

■検査義務違反

病気の鑑別診断に必要な検査を実施せず経過観察にして手遅れになった,術前検査が不十分のまま癌の手術をしたところ癌ではなかった,検診で異常を見落とされた場合などに問題となります。検査設備がない場合は,精密検査のできる病院に患者を紹介しなければならず,それをしないと転送義務違反(転医義務違反とも言います)を問われます。検査義務違反が問題となった最判平11.2.25は,肝硬変で専門医に定期通院していた50代前半の男性が,肝細胞癌を発症する危険性が高かったのに検査が実施されず,他院で既に手の施しようのない肝細胞癌が発見され間もなく死亡した事件です。

診断義務違反

診断を怠った結果,必要な治療が実施されなかったことが問題となるため,診断義務違反単独というより,次に述べる治療義務違反と一緒に主張されることが多いです。緊急の場合は,確定診断がつく前に可能性の高い疾患に対する治療を開始しなければならない場合もあるので,主に治療を実施しなかったことが問題になります。          

治療義務違反

治療義務違反には,(1)必要な治療を実施しなかった場合,(2)実施された治療方法の選択が問題となる場合,(3)治療の必要性が問題となる場合(適応違反),(4)手技に過失があった場合があります。

(1)のケースで最判平13.6.8は,重症の怪我を負った患者が入院中に敗血症で死亡した事件です。裁判所は,医師は細菌感染に対する適切な措置を講じて重篤な感染症に至ることを予防すべき注意義務があったと判断しました。(2)のケースで東京地判平17.12.8※は,医師が,自己免疫性肝炎の可能性が高い患者に小柴胡湯(ショウサイコトウ)を投与していた事件で,裁判所は,肝炎の第1選択であるステロイド療法を開始すべき義務があったと判断しました。(3)「適応」とは,医療行為を行う妥当性です。手術適応が問題になりやすく手術を実施すべきではなかったなどと主張されます。大阪地判平14.8.28※※は,大腸癌及び肝臓癌の同時切除術を行ったところ多臓器不全により患者が死亡した事件です。裁判所は,手術適応があったと認め医師の過失を否定しました。(4)手技上の過失は主に手術で問題となります。損傷しても必ずしもミスとは言えず,手術のやむを得ない合併症として過失が否定される場合があります。東京地判平17.4.27※※※は,経皮経管的冠動脈形成術の際,冠動脈を穿孔,出血し患者が死亡した事件です。裁判所は,偽腔内でバルーンを拡張して血管穿孔を招いた過失を認めました。

※医療訴訟ケースファイルVol.2東京・大阪医療訴訟研究会編著,判例タイムズ社90〜93頁
※※医療訴訟ケースファイルVol.1東京・大阪医療訴訟研究会編著,判例タイムズ社128〜130頁
※※※東京地判平17.4.27,判例タイムズNo.1186,191〜222頁

術後管理義務違反

手術に関連して,術後管理義務違反が問題となります。最判平18.4.18は,冠動脈バイパス手術を受けた患者が術後腸管閉塞を起こし死亡した事件です。裁判所は,医師には直ちに開腹手術を実施し,腸管壊死部分があればこれを切除すべき注意義務を怠った過失があると判示しました。

投薬に関する義務違反

投薬により重大な副作用が生じた場合,早期に投薬を中止しなかった過失が問題となります。医薬品の添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず医療事故が起きた場合は,合理的理由がない限り医師の過失が推定されるとされます(最判平8.1.23)。

療養方法の指導に関する義務違反 療養方法の指導に関する説明は,医療行為の一環であり,どのような症状が現れたら病院を受診する必要がある等の説明をしなかった場合に問題となることが多いです。退院時や通院終了時に,一定の症状があれば重篤な疾患に至る危険があり速やかに医師の診察を受ける必要がある場合,医師には患者に具体的に説明する義務があり,「何かあったら病院に行くように」という一般的説明しかしなかった場合,療養方法の指導に関する義務違反が問われます。最判平7.5.30※は,医師が黄疸の認められる未熟児を退院させる際,親に特に注意をしなかったところ児に核黄疸による脳性麻痺を生じた事件です。裁判所は,医師は退院の際親に,黄疸が増強して哺乳力の減退などの症状が現れたときは重篤な疾患に至る危険があることを説明し,症状が現れたときには速やかに医師の診察を受けるよう指導すべき注意義務を負っていたというべきとし,退院時黄疸について何ら言及せず,何か変わったことがあれば医師の診察を受けるようにとの一般的な注意を与えたのみでは,注意義務を尽くしたとは言えないと判示しました。

※最判平7.5.30,判例タイムズNo.897,64〜83頁

転送義務違反 転送義務違反は,開業医で問題になることが多いです。医師は,自ら検査や診療行為を行えないときは,実施可能な医療機関に患者を転送し適切な医療を受けられるようにすべき義務があります。最判平15.11.11※ は,通院治療中の小学6年生の患者が急性脳症により重い脳障害の後遺症を残した事件です。裁判所は,自ら検査及び治療の面で適切に対処することができない何らかの重大で緊急性のある病気にかかっている可能性が高いことを認識することができた事情の下では,開業医には高度な医療を施すことのできる適切な医療機関へ転送し,適切な医療を受けさせる義務があると判示しました。

※判例タイムズNo.1140,86〜92頁

看護に関する義務違反 呼吸管理,痰吸引措置,急変時の医師への報告の遅れ,薬誤投与など,入院管理に関する看護師の対応が問題となることが多く,次いで病院内の転倒事故が多いです。その他,新生児管理(看護師がカンガルーケア中の児の異常を見落とし死亡した事件※)や患者に対する湯たんぽ使用時の事故(患者が低温熱傷となり敗血症から多臓器不全となり死亡した事件※※)があります。

※大阪地判平19.7.20/医療訴訟ケースファイルVol.4東京・大阪医療訴訟研究会編著,判例タイムズ社276〜280頁
※※東京地判平15.6.27/医療訴訟ケースファイルVol.1東京・大阪医療訴訟研究会編著,判例タイムズ社9〜11頁

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裁判官は医師でない方が良い!?

私が弁護士になったばかりの頃,若気の至りで医学の専門知識のない裁判官には医療行為の過失は判断できない,医療事件は医師資格を持つ裁判官が担当すべきだと思っていました。しかし,患者側弁護士として経験を重ね,東京地方裁判所の民事調停委員や弁護士会の医療ADRのあっせん・仲裁人の立場で医療事件にかかわるようになってから,裁判官は医師資格を持たない方が患者にとっても病院にとっても妥当な結論に導かれると真逆の考えに変わりました。医師が裁判官になると専門家として医療事件に強い影響力を持つ可能性が高いですが,もし過失があっても病院を擁護する考え方を持っていると裁判がゆがめられ医療ミスの被害患者や遺族が補償を受けられなくなってしまいます。実際,裁判で鑑定意見を述べる医師の中には事実を評価せず何が何でも病院を擁護する方がおられます。逆に,医師資格を持ちながら医療ミスがないのに病院を訴える弁護士もいるそうです。医療ミスがあるのに患者が何の補償も受けられないのは誤っています。他方,医療ミスがないのに病院が負けるのも間違っています。不当な判決が確定してしまうと,先例として後の同種事案の裁判に悪い影響を与えてしまうことに注意が必要です。          

公正な裁判を実現するという観点からは,医師資格を持たない裁判官が,医師の意見を参考にしながら判断をする現在の裁判が妥当だと思います。              

裁判で負けるのは弁護士の責任!?

医療従事者の多くは,医療裁判の結論だけ聞いて,素人の裁判官が患者寄りの判決を出して不当だと批判しますが,判決の内容を正しく理解できていないことが多いです。結論だけではなく,当事者双方の主張内容及び裁判所の判断理由を丁寧に読み解くと,殆どは妥当な結論が導かれています。          

もちろん,医療従事者から見れば過失がないのが明らかなのに病院が負けたり,逆に過失が明らかなのに患者が負けるケースもあります。そういうとき,負けた方は,「悪いのは裁判官だ」と批判します。しかし,悪いのは裁判官ではありません。民事裁判では,証明責任を負う側が証明できなければ負ける仕組みです。医療裁判では,患者側(原告)が,医師の過失及び死亡や後遺障害など発生した損害と過失との因果関係の両方を証明する責任を負っています。刑事裁判では無罪の人を有罪にしないよう真相解明が重要ですが,民事裁判は,対等な私人間の争いであり真相を解明する場ではありません。医療法律相談で,患者家族が「裁判官は分かってくれる」と仰ることがありますが,それは幻想です。裁判官は真相を解明しようとは考えていません。裁判官は,原告被告双方の主張を聞いて証明責任を負っている側が証明できているかを判断するだけです。患者が過失と因果関係を証明できなければ患者は負けますし,証明できていれば今度は病院側が反論しないと病院が負けます。こうした民事裁判の仕組みが分かれば,裁判に負けたのは裁判官が悪いのではなく,証明できなかった弁護士に問題があることが分かります。           

過失が明らかなのに患者側が負ける,逆に過失や因果関係を証明するのが困難なのに病院が負けるケースは,各々患者弁護士,病院弁護士の弁護ミスと言って過言ではありません。

弁護ミスが起きるのは,素人の弁護士に医療事件を任せてしまうからですが,その原因は,多くの方が,弁護士だったら誰でも一緒だと思っているからだと思います。しかし,「内科でも外科でも医師なら一緒」とはいえないように,弁護士にも得意不得意があります。医学的知識のない弁護士に医療裁判を任せると弁護ミスにあう危険があるため注意が必要です。

医療裁判の件数

医療裁判の件数は,最高裁判所の統計資料によると,一時増加傾向にありましたが,平成16年の1110件をピークに減少し,平成21年に732件まで減りました。その後,また増加傾向に転じ,平成28年には878件となっています。平成16年を境に医療裁判数が減少した理由として考えられるのが,平成16年12月17日に起きた福島県立大野病院事件です。帝王切開術で患者が亡くなった事件で,執刀した産婦人科医師は,平成18年2月18日,業務上過失致死の容疑で逮捕されました。福島地方裁判所は,平成20年8月20日,産婦人科医師に無罪判決を言い渡しました。医療事故で医師が逮捕されたことに医療の現場は大きな衝撃を受けました。大野病院事件の問題点は,医療事故を刑事事件にしたことですが,刑事裁判で産婦人科医師の無罪が確定すると,民事の医療裁判にまで医療を萎縮させるという批判が高まり,医療裁判数の減少と原告患者側の勝訴率(認容率といいます)の激減に繋がりました。              

患者側の勝訴率

患者側の勝訴率は,平成12年の46.9%が最も高く,平成16年まで40%前後で推移していましたが平成18年には35.1%,平成20年には26.7%まで低下し,以後20%台が続いていましたが,平成28年には17.6%になりました。通常訴訟の勝訴率80%と比べると医療裁判で患者側が勝つのがいかに難しいか分かります。

医療裁判の特徴

医療裁判の終わり方を調べた統計資料によると,平成15年からの傾向ですが,判決より裁判上の和解で終わる件数が多いのが特徴です。平成28年は,判決34.1%,和解51.1%で,判決より和解する率が高くなっています。

医療裁判で患者側勝訴率が極端に低く,和解率が高い理由は,高度の専門性が求められる専門訴訟では,裁判官が判決書を書くのが難しいことがあげられます。裁判官は,十分な医学的知識がなければ病院側の主張を排斥して患者側を勝たせる判決は書けません。その結果,患者側勝訴率は低くなり,裁判官が患者側勝訴の心証を持った場合は和解をするよう勧められます。            

しかし,裁判で和解をするのは実は,患者・病院双方に取って良い選択です。判決ですと,負けた方が控訴すれば,高等裁判所でまた争わなければなりませんが,和解ですとその場で紛争を解決することができるからです。           

医療裁判件数の多い診療科目は,内科が22.6%で最も多く,外科15.2%,歯科12.1%,整形外科11.6%と続き,産婦人科6.9%,形成外科が3.3%です(平成28年)。

日本では損害賠償額が低額!?

医療法律相談を受けると,患者から「医療ミスで大変な思いをしたから慰謝料1億円を請求したい!」などといわれることがあります。しかし,損害賠償額には裁判所の算定基準があり,患者がどんなに辛い思いをしたかとは関係なく,慰謝料は入通院日数や後遺障害等級等により決まります。損害額の算定方法は国により異なり,懲罰的損害賠償といって不法行為に基づく損害賠償請求訴訟で加害者の行為が強く非難される場合,高額の慰謝料を支払わせることで同種の事件の発生を抑止する制度がある国では高額になります。日本には懲罰的損害賠償の制度は存在しません。事故によって生じた損害を填補する賠償額しか認められないのでアメリカ等懲罰的損害賠償を採用している国に比較すると低額です。              

損害の種類

損害賠償と慰謝料を同じように考えている方が少なくありませんが,損害は大きく「精神的損害」と「財産的損害」に分けられ,慰謝料は,精神的苦痛を慰めるために支払われる精神的損害のことです。財産的損害には,事故によって支出を余儀なくされた「積極損害」(治療関係費,入通院付添費用,入院雑費,通院交通費,装具・器具等購入費,家屋・自動車等改造費,葬儀関係費用等)と,事故に遭わなければ得られたであろう利益を失った「消極損害」(休業損害,逸失利益)があります。

損害賠償額には裁判所の算定基準がある!?

損害賠償額には裁判所の算定基準があります。交通事故は頻繁に起こるので交通事故訴訟における損害賠償額の算定基準が作られているのですが,医療事故やその他の人身事故の損害賠償額も同じ算定基準で算出されます。算定方法を知っている人が計算すれば,誰が計算してもほぼ同じ金額になります。損害賠償額は示談でも裁判でも変わりません。例外は,後述の植物状態になった場合です。裁判所の算定基準で算出された損害賠償額が,妥当な補償金額であり,示談交渉の落としどころとなる金額です。患者側は,病院(実際は,病院が契約している保険会社)から裁判所の算定基準による損害賠償額が提示されれば示談します。逆にいえば,病院が裁判所の算定基準による損害賠償額を提示しないと示談できないことになります。損害賠償額が折り合わず裁判になっているケースの多くは,示談交渉段階で病院側が裁判所の算定基準による損害賠償額より大幅に低い金額しか提示しなかった場合です。

植物状態になった場合は,損害賠償額が高額になるため病院が契約している保険会社は示談に応じず,患者側は裁判所の算定基準による損害賠償額を受けるために裁判をせざるを得なくなる場合が多いです。交通事故のケースですが,示談交渉段階の保険会社の提示額が5000万円であったところ,裁判の結果1億6000万円が認められたことがあります。患者の年齢や年収にもよりますが通常の財産的損害及び慰謝料の他,裁判で将来治療費,将来介護費用,介護ベッド・車いす等の将来介護備品代,家屋改造費,介護用車両改造費等が損害として認められると,損害賠償額が1億円以上になります。

医療ミスの損害賠償額は交通事故の場合より少ないことがある!?

裁判所の算定基準で損害賠償額を算出しますが,医療ミスの場合,通常の交通事故の場合に比べ裁判所の認定額が低額になることがあります。医療事件に特有な問題として,患者さんが元々何らかの病気を持っていることが多く,これを既存障害として裁判所の算定基準による損害賠償額から差し引かれる場合があります。病院が契約している保険会社が,合理的根拠がないのに患者に元々重い障害があり医療ミスがあってもなくても働けなかったから休業損害も逸失利益も存在しないなどと主張し僅かな損害賠償額しか提示しないケースが多く,損害賠償額を巡って裁判になることが少なくありません。

医療ミスにより重大な後遺障害を負ったけれど,適切な医療行為がなされたとしても軽度の後遺障害が残った可能性があるという場合も,差額が損害となりますが,過失がない場合の障害の程度は憶測に過ぎませんから,後遺障害等級を何級と評価するかで争いとなります。           

医療ミスの損害賠償額

医療ミスにより死亡又は重い後遺障害等の損害が発生し,医療行為の過失及び過失と損害との因果関係がともに認められるケースでは,患者の生命又は身体を侵害したものとして財産的損害と精神的損害(慰謝料)がともに認められるので賠償額は高額となります。財産的損害は,患者の年齢や年収により大きく異なりますが,収入のない専業主婦でも家事従事者の年収を370万円程と評価し(賃金センサス女性全年齢平均賃金)休業損害や逸失利益が算出されます。慰謝料には,入通院慰謝料(傷害慰謝料),後遺症慰謝料,死亡慰謝料があります。入通院慰謝料は,入通院期間から算出され,例えば6か月入院すると244万円,6か月入院してから6か月通院すると282万円,12か月入院すると321万円程です。死亡慰謝料は,一家の大黒柱は2800万円,母親や配偶者は2500万円,その他独身,子供,高齢者は2000万円から2500万円です。後遺症慰謝料は1級から14級までの等級により金額が決まっています。1級は植物状態のように障害の程度が重いもので2800万円,14級で110万円です。

医療行為に過失があっても発生した損害との因果関係が否定される場合は,損害賠償請求は認められません。しかし,因果関係が証明できなくても患者が死亡時点で生存していた相当程度の可能性,又は,重大な後遺障害が残らなかった相当程度の可能性があれば相当程度の可能性を侵害したものとして精神的損害(慰謝料)が認められます。相当程度の可能性が侵害された場合の慰謝料額は,裁判では200万円から800万円が多いですが1500万円を認めた裁判例もあります。最近の傾向として,過失の程度が著しく,病院側が早期円満解決を希望する場合,1500万円から2500万円余で示談するケースが増えています。

医師に説明義務違反があっても,説明義務違反のみを理由に訴えるケースは殆どありません。医師に説明不足があっても死亡や重大な後遺障害など損害が発生していなければ損害賠償責任を問えませんし,治療自体は上手くいったけれど医師の説明義務違反により患者が望んだ結果にならなかったという自己決定権侵害に対する慰謝料は低額なため裁判をすると費用倒れになってしまうからです。そのため説明義務違反による損害賠償請求は,医療事故が起きたとき,検査義務違反,手技上の過失,術後管理不足等の医療行為の過失による損害賠償請求と一緒に行うのが通常です。医療事故で過失があれば医療行為の過失による損害賠償責任が認められますが,やむを得ない合併症のような過失がない場合は,医師に説明義務違反があれば説明義務違反による損害賠償責任が認められます。医師の説明義務違反による損害賠償額は,適切な説明がなされていれば患者が治療を受けなかったと考えられるか,適切な説明があっても治療を受けていたと考えられるかで大幅に変わります。

ケース毎に医師の説明義務違反による損害賠償額をみてみましょう。

■医療事故が発生し,医療行為の過失と説明義務違反両方ある場合

医療事故が発生し医療行為の過失と説明義務違反が両方ある場合,医療行為の過失に基づき慰謝料の他,休業損害や逸失利益等全ての損害が認められるので,説明義務違反を問題とする実益がありません。ただ,裁判所は,慰謝料額の認定にあたって一切の事情を考慮するため,医師の説明義務違反の程度が酷いときは慰謝料の増額理由になる可能性があります。

患者や遺族は,裁判で医療行為の過失を証明することが難しいとき,過失が認められない場合に備えて医師の説明義務違反を一緒に主張することが多いです。

■医療事故が発生したが過失はなく,説明義務違反がある場合

医療事故は発生しましたが,例えば手術を実施したところやむを得ない合併症により死亡した等の過失がない場合は,医療行為の過失に基づく損害賠償請求はできませんが,医師に説明義務違反があれば説明義務違反に基づく損害賠償請求が可能です。この場合の損害賠償額は,医師が適切に説明していれば結果が発生しなかったか否かで大きな開きがあります。

まず,医師が適切に説明していれば患者は治療を受けず患者が亡くなる等の結果は発生しなかったと考えられる場合は,説明義務違反と発生した結果との間に因果関係が認められ,過失がなくても過失があった場合と同様に慰謝料の他,休業損害や逸失利益等全ての損害が認められるので総額で数千万円以上になることもあります。たとえば,予防的手術や美容整形等の緊急性のない手術の場合は,手術の危険性等の説明が適切になされていれば患者は手術を受けなかったといえる場合が多く,説明義務違反と発生した結果との因果関係が比較的認められやすいとされます。

これに対して,医師が適切に説明していたとしても,患者は治療を受けていたと考えられる場合は,説明義務違反と発生した結果との間に因果関係は認められないため,発生した結果についての損害は認められません。医師の説明義務違反により治療を受けるかどうか患者が自己決定する機会を奪われたという自己決定権侵害に対する慰謝料が認められるに過ぎません。この場合の損害賠償額は数十万円から200万円程度が多いです。適切に説明がなされても患者が治療を受けていたと考えられる場合とは,たとえば当該疾患の当該症状であれば通常実施される治療が挙げられます。

■医療事故は発生していないが患者の望んだ結果にならなかった場合

医師に説明義務違反があっても,説明義務違反のあった医療行為により死亡や後遺障害などの悪い結果が起きなければ損害が発生していないので損害賠償請求はできません。しかし,医師の説明義務違反により患者が望んだ結果(前掲・エホバの証人事件では無輸血の手術,乳房温存療法事件では乳房温存)にならなかった場合も悪い結果に含められるため,医療事故が発生していなくても自己決定権侵害を理由に精神的苦痛に対する慰謝料が認められます。但し損害賠償額が低額なため(前掲・エホバの証人事件の慰謝料は50万円),裁判をすると患者側は費用倒れになります。                 

■顛末報告義務違反の場合

患者や遺族は,治療終了後,医師に対し診療経過等の顛末を説明するよう要求することができます。医師が患者や遺族の求めに応じなかった場合,顛末報告義務違反による損害賠償責任を問われることがあります。説明義務違反のように患者の自己決定権を侵害した訳ではないので顛末報告義務違反の慰謝料は低額になります(慰謝料30万円を認めた裁判例:大阪地判平成20年2月21日)。但し,病院の対応が悪質だったため,高額の慰謝料が認められたケースもあります。出産後母子ともに死亡した医療事故で,裁判所は医療行為の過失は否定しましたが,医師が診療録等を改ざんし替え玉に立てた看護師に偽証させたことが顛末報告義務違反の不法行為に当たるとして1500万円の慰謝料を認め,又,子が出生後に死亡したのに死産と扱ったことが顛末報告義務違反の不法行為に当たるとして200万円の慰謝料を認めました。民事裁判中に刑事告発され,医師は偽証教唆,看護師は偽証で執行猶予付きの有罪判決を受けた特異な事案です(甲府地判平成16年1月20日)。

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医師は,治療終了後,事の顛末を患者家族へ報告する義務がある!?

医療法律相談で,遺族から「入院中,患者が急変して亡くなったのに医師から何の説明もなかった。なぜ患者が死亡したか分からない。医療ミスではないか。」という相談を時々受けます。患者が亡くなり治療が終了した場合,遺族は医師に対し急変時の状況や死亡原因などの説明を求めることができるでしょうか。医師の説明義務は,患者の自己決定権を守るためにあり,医師は,患者が診療に関し自己決定するのに必要な情報を提供する義務がありますが,患者が亡くなると,もはや自己決定できないため医師には説明義務はないのではないかが問題となります。治療が終了した場合医師には,患者の自己決定権を守るための説明義務はありませんが,患者との間で診療契約を締結しているため事の顛末を報告する義務があります(受任者の顛末報告義務【民法第645条】受任者は,委任者の請求があるときは,いつでも委任事務の処理の状況を報告し,委任が終了した後は,遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。)。又,診療契約に付随する義務あるいは信義則上の義務としても医師は患者に対し診療結果を報告する義務があります。患者が死亡した場合も,診療契約に付随する義務ないし信義則上の義務として家族に対する説明義務があります。          

従って,遺族は,患者死亡後も,医師に対し,診療経過や死亡原因等の説明を求めることが可能です。

医師は死亡原因を解明する義務がある!?

遺族が,患者の死亡原因を明らかにするため病理解剖を希望した場合,医師に応じる義務があるでしょうか(死因解明義務といいます)。診療契約上,医師は患者や家族に対し顛末報告義務がありますが,死亡原因を解明しなければ医師は事の顛末を報告できませんから,死亡原因が不明で遺族から病理解剖等の要望があったときには,診療契約に付随する義務として死亡原因を解明する義務があるといえます。更に,医師に,遺族に対し病理解剖等死因解明に必要な措置を提案すべき義務まであるかについては,裁判所の判断は分かれています(東京地判平成9年2月25日判例タイムズ951号258頁,東京高判平成10年2月25日判例タイムズ992号205頁,判例時報1646号64頁)。医療事故の可能性がある場合には,医師が,死亡原因を解明する措置を遺族に提案し実施した方が,無用な医療紛争の発生や拡大を避けることができます。なお,遺族が解剖を承諾しない場合は医師に解剖する義務はありません。          

家族としては,患者の死を悼む感情から病理解剖の実施に強い抵抗を感じる場合が多いと思いますが,医療事故かなと思ったときは,事故の真相解明のため,又,仮に医療ミスがあった場合には病理解剖結果が重要な証拠になる可能性がありますので病理解剖やAi(オートプシー・イメージング:死亡時画像診断。CTやMRIで遺体を検査する方法)等,死亡原因を解明する措置をとるよう医師に要請した方が良いでしょう。

医師の説明義務は何のため?!

医師は,患者に対し,治療方法や手術リスクなど丁寧に説明する義務がありますが,医師の説明義務は,何のためにあると思いますか。多くの方は,医師が手術同意書に患者や家族の署名を貰うための説明のことで医師や病院の為のものという漠然とした感覚を持っていると思います。しかし,この考えは誤りです。医師の説明義務は,患者の自己決定権を守るためにあります。自己決定権とは,自分の生き方や行動を自ら自由に決定できる権利のことですが,治療についても患者は,治療を受けるかどうか,受けるとしてどの治療方法をいつ何処で受けるかを決める自己決定権を持っています。医師は,患者が診療に関し自己決定をするのに必要な情報を提供しなければならないというのが医師の説明義務の内容です。患者の理解度は年齢,生活背景,病気の種類等により異なりますから,医師が患者に対し説明しなければならない内容や程度は,ケースバイケースであり,医師は目の前の患者が十分理解した上で主体的に意思決定ができるまで分かりやすく丁寧に説明する必要があります。医師には説明する義務があるのですから,患者は遠慮することなく理解できるまで医師に説明を求めて良いのです。

医師の説明義務違反による自己決定権侵害が認められた判例

医師の説明義務違反が問題となった有名な判例にエホバの証人事件があります。医師が,患者が宗教上の信念からいかなる場合であっても輸血を拒否する強い意思を持っていることを知りながら,他に救命手段がない場合は輸血をする方針であることを告げず手術で輸血をした事案です。患者は助かりましたが人格権侵害を理由に提訴し,1審で敗訴,2審で勝訴し,最高裁判所は,医師が説明を怠ったことにより,患者が「輸血を伴う可能性のあった手術を受けるか否かについて意思決定をする権利を奪った」点で患者の人格権を侵害しているとして医師の説明義務違反による人格権(自己決定権は人格権の一内容)侵害を理由に精神的苦痛に対する慰謝料50万円を認めました(最高裁平成12年2月29日)。ここで問題となっているのは,輸血を拒否している患者に輸血をしたことではなく,医師が患者のいかなる場合も輸血を拒否する固い意思を知りながら輸血する可能性があることを説明しなかったことです。初めてこの判決を読んだときは,正直なところ患者を救った医師が責任を問われるのはおかしいと思いました。しかし,安心して医療を受けられるようにするには一人一人の患者の自己決定権が十分尊重されるべきことに思いを致すと,最高裁判所は,患者の自己決定権の重要性を明確にするため患者を勝訴させましたが,慰謝料額を低く抑えることで患者と医師双方のバランスを取ったのだと思います。

■医師が患者に説明すべき内容とは?

医師が,患者に説明すべき内容は,厚生労働省が「診療情報の提供等に関する指針の策定について(2003年)」で示している事項が目安となります。即ち,①現在の症状及び診断病名,②予後,③処置及び治療の方針,④処方する薬剤名,服用方法,効能及び特に注意を要する副作用,⑤治療方法が複数ある場合には各々の内容とメリット・デメリット,⑥手術方法,執刀者及び助手の氏名,手術の危険性・合併症,手術しない場合の危険性,⑦臨床試験の場合はその旨及び内容等ですが,これだけ説明すれば良いというのではなくケースバイケースです。

例えば,未だ確立していない治療方法に関する医師の説明義務が問題となった乳房温存療法事件で最高裁判所は,患者が未確立の術式に強い関心を持っていることを医師が知っていた場合,未確立の術式について説明すべき義務を負うと判示しました(最高裁平成13年11月27日)。乳がんと診断された患者が当時未確立であった乳房温存療法に強い関心を持っていることを知りながら医師が乳房切除術を行ったところ,患者が,乳房温存療法を希望していたのに医師が説明しないまま患者の意思に反して手術を行ったとして損害賠償請求した事件です。最高裁判所は,未確立の療法が「少なからぬ医療機関において実施されており,相当数の実施例があり,これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては,患者が当該療法の適応である可能性があり,かつ,患者が当該療法の自己への適応の有無,実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては,たとえ医師自身が当該療法について消極的な評価をしており,自らはそれを実施する意思を有していないときであっても,なお,患者に対して,医師の知っている範囲で,当該療法の内容,適応可能性やそれを受けた場合の利害得失,当該療法を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務がある」として,医師の説明義務違反を認めました。医師は,通常は未確立療法について患者に説明する義務はありませんが,患者が強い関心を持っていることを知ったときは,患者の自己決定権を尊重する見地から医師の知っている範囲で説明する義務が生じます。

説明すべき内容は個々の患者ごとに変わってきますので,医師は目の前にいる患者がこの説明で治療について自己決定することができるかという視点で,丁寧に説明する必要があります。

■治療が成功しても説明義務違反で損害賠償責任!?

ところで,前述のエホバの証人事件も乳房温存療法事件もともに,治療自体は医療水準にかなったものでした。治療が上手くいったのに医師はなぜ説明義務違反だけで損害賠償責任を負うのでしょうか?それは,医療ミスが患者の生命,身体,健康に対する侵害であるのに対し,説明義務違反は,患者の自己決定権に対する侵害だからです。自己決定権の侵害では,治療結果の当否ではなく,患者が診療過程に主体的に関与できなかったことを損害と捉えるので,治療が上手くいっても説明義務違反があれば医師は損害賠償責任を問われます。もちろん,説明義務違反があっても適切な医療行為がなされ死亡や後遺障害など悪い結果が生じていなければそもそも損害が発生していないので損害賠償責任は問われません。しかし,この悪い結果には,自分が望んでいた結果(エホバの証人事件では無輸血の手術,乳房温存療法事件では乳房温存)にならなかった場合を含むので,損害が肯定され損害賠償責任が問われるのです。

■予防的療法と医師の説明義務

未破裂脳動脈瘤には,確立した予防的療法として動脈瘤の頚部をクリップする開頭手術とコイル塞栓術がありますが,保存的に経過を観察する選択肢もあります。患者が開頭手術を希望していたのに手術前日コイル塞栓術に術式を変更され,術中コイルの一部が瘤外に逸脱して脳梗塞を生じ死亡した事件で最高裁判所は,医師の説明義務について,「医師が患者に予防的療法を実施するに当たって,医療水準として確立した療法が複数存在する場合には,その中のある療法を受けるという選択肢と共に,いずれの療法も受けずに保存的に経過を見るという選択肢も存在し,そのいずれを選択するかは,患者自身の生き方や生活の質にもかかわるものでもあるし,また,上記選択をするための時間的な余裕もあることから,患者がいずれの選択肢を選択するかにつき熟慮の上判断することができるように,医師は各療法の違いや経過観察も含めた各選択肢の利害得失について分かりやすく説明することが求められる」と判示しました(最高裁平成18年10月27日)。医師は,患者にコイル塞栓術による脳梗塞の危険性について説明していましたが,最高裁判所は,術式を急遽変更し患者に熟慮する機会を与えなかった点を問題視し,危険性のある予防的療法を実施する場合,当面経過観察にする選択肢もある急ぐ必要のない手術であるから,患者が自己決定権を行使したといえるためには十分に検討する機会を与えることが必要でありリスク説明だけでは足りないと判断しました。

癌の告知と医師の説明義務

癌の早期発見が可能となり治療方法が進歩した現在,昭和の時代ほど真実を知らせるか否かは問題にならなくなっており,患者本人に癌の告知をするのが大半です。ただ,末期癌で有効な治療法がない場合,真実を告げるか否かの判断は依然として悩ましく,残された時間をどのように生きるか自分の意思で決定するため告知を希望する患者がいる一方,告知されると生きる意欲を無くすので知らせないで欲しいと希望する患者や家族もいます。患者が告知を希望しない場合や,患者の性格などから医師が告知すべきではないと判断した場合,医師が説明義務違反による損害賠償責任を問われないためにどうしたら良いでしょうか。

真実を告げないと説明義務違反になる!?

医師が,胆のう癌の疑いがあったのに患者に告知せず,胆石がひどく胆のうも変形していて早期に手術が必要であると説明したことが説明義務違反にならないかが問題となった事件があります(最高裁平成7年4月25日)。患者は,一旦入院手続をとりましたが中止しその後通院せず3か月後に別の病院で胆のう癌と診断され半年後に死亡しました。最高裁判所は,医師が,患者の性格等の分からない初診時にいきなり進行性の末期癌であると告知するのではなく,医師と患者との間にある程度の信頼関係が構築されてから告知すると判断したのは妥当であり,患者が入院を中止したため医師が患者や家族に対し胆のう癌の疑いがあると説明できなかったという経緯の下では,医師に説明義務違反は認められないと判断しました。治療に協力しない患者を追跡してまで説明する義務はないという判断です。確かに患者の自己責任と言えなくもありませんが,医師が真実を告げない場合,患者は大した病気ではないと誤解する可能性がありますので,医師は患者に勘違いさせないよう配慮し丁寧に説明をする必要があります。 他方,患者も,十分な治療を受ける機会を失わないようにするため医師から治療の必要性を告げられたときは,専門家である医師の意見を尊重することが大切です。

家族にがん告知しないと説明義務違反!?

医師が,患者本人に癌を告知しない場合,家族に説明すべきかが問題となります。そもそも家族とはいえ患者の個人情報ですから本人に無断で家族に癌を告知をして良いかが問題になります。厚生労働省の「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(平成29年5月30日)及び「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」に関するQ&A(事例集)(平成29年5月30日)は,個人データを第三者に提供する場合,あらかじめ本人の同意を得ることを原則とし,病態によって家族等への病状説明が必要な場合,本人にあらかじめ病状説明を行う家族等の対象者を確認し同意を得ることが望ましいとしています。意識不明や重度の認知症の患者の場合は,本人の同意を得ずに家族へ説明できますが,医師は本人の家族等であることを確認した上で治療等を行うに当たり必要な範囲で情報提供を行うこととしています。したがって,個人情報保護の観点から,家族等に説明する場合,本人の同意を得るのが原則です。

では,医師が,末期癌であることを家族に説明しようとしたところ患者が家族を病院へ同行しない場合,家族に説明しなかった医師は,説明義務違反を問われるでしょうか。肺の進行性末期癌に罹患し延命可能性のない患者に対し,医師が告知は相当でないと判断しましたが患者が家族を同行しないため家族へ連絡しないまま疼痛緩和療法を続けていたところ,患者が他の病院を受診しそこで長男に患者が末期癌であることを説明された事件で,遺族が,末期癌の説明をもっと早く受けていれば,より多くの時間を患者と過ごし患者の余命をより充実したものとなるようできる限りの手厚い配慮ができたと主張して損害賠償請求しました。1審は患者側が敗訴,2審は勝訴し,病院側が上告しました。最高裁判所は,患者が,告知を受けた家族により支えられ,家族が患者の余命をより安らかで充実したものになるようできる限り手厚い配慮をすることは患者にとって法的保護に値する利益であるから,患者に告知すべきではないと判断した医師は,「少なくとも,患者の家族等のうち連絡が容易な者に対しては接触し,同人又は同人を介して更に接触できた家族等に対する告知の適否を検討し,告知が適当であると判断できたときには,その診断結果等を説明すべき義務を負う」と判示し,家族へ容易に連絡を取ることができたのに連絡を取らなかった場合,医師には家族に対する説明義務違反があると判断しました(最高裁平成14年9月24日)。

■説明義務違反による紛争を防ぐには!?

医師の説明義務は,患者が自己決定をするのに必要な情報を提供するのが目的ですから,患者が正しく判断出来るように患者に応じて分かりやすく説明し誤解を与えないことが大切です。医師は,説明文書を患者に渡しただけでは説明したことになりません。口頭でも患者の病状に合わせて丁寧に説明し,説明文書の重要な部分にアンダーラインを引いたり,時にはイラストを描いて説明するなど患者が理解できるように工夫し,患者の質問を受け患者が理解できるまで分かりやすく説明する必要があります。

手術のリスクや手術に伴うやむを得ない合併症についても医師は十分説明する必要があります。リスクを説明すると患者が治療を受けなくなるのではないかと心配になりメリットばかり強調する医師が少なくありませんが,リスク説明は重要です。手術をしなかった場合の危険性のみ強調し,手術の危険性について説明せず簡単な手術だと誤解させるような説明をすると医療事故が起きたとき医師の説明義務違反が問題となります。逆に,予め丁寧にリスクに関する説明がなされていれば,リスクが現実化しても患者や家族は予想していた事態ですので紛争にはなりません。

患者の中には,医師の宣告にショックを受け,医師の説明が頭に入らないということもあると思いますので記録を残すことが大切です。口頭では言った,言わない,の水掛け論になってしまいますが,録音やメモを取っておけばその場で聞き漏らしても後で調べることができますし,医師もカルテにいつ誰にどのように説明したか,患者や家族からどのような質問や要望があったかを記録しておけば,説明義務違反を巡る紛争を減らせます。

医療法律相談を受けて医療ミスがない場合は,医療ミスはなく法的責任追及は出来ないとはっきり伝えます。患者や遺族からは,医療専門弁護士から医療ミスではないとはっきり言ってもらい気持ちの整理がつきましたと言われることが多いです。医療ミスがなければ受任しないというのは,患者弁護士として当たり前のことだと思います。しかし実際は,医療ミスがないのに弁護士が受任して証拠保全や裁判をするケースがあり,患者や遺族は,無用な紛争で時間とお金を無駄にすることになります。医療ミスに遭った後,さらに弁護ミスに遭うとはやり切れない話です。患者や遺族は,どうやって危ない弁護士を見分けたら良いでしょうか?

■危ない患者弁護士の見分け方(1) 自分より医学知識のない弁護士

コラム『医療事故からどうやって身を守るか?』で,医師に全てお任せにするのは危険で,自分の病気を知り主体的に病気とかかわることの大切さを述べました。弁護ミスに遭わない方法も同じことが言えます。弁護士に全てお任せにするのは危険です。弁護士が何でも知っている訳ではなく,まして医療紛争の相手は専門家ですから,弁護士に医学の知識と理解力がなければ病院を説得して過失を認めさせることはできません。患者や遺族は,医学知識のない弁護士に頼んでしまうと勝てるはずの紛争に負け,本来受けられるはずの補償を受けられないばかりか,払った弁護士費用も無駄になります。弁護ミスに遭わないために,患者や遺族は弁護士に依頼する前に,病気と治療法について良く調べ,少なくとも自分より医学知識のない弁護士には依頼しないことです。

■危ない患者弁護士の見分け方(2) 不必要な証拠保全をする弁護士

医療法律相談の9割は,そもそも医療事故ではないのに患者や遺族が医療事故だと思い込んでいるケースです。医学の知識や理解力のある医療専門弁護士は,患者や遺族から話を伺えば明らかに医療ミスではないケースは直ぐ分かります。しかし,医学知識の乏しい弁護士は,臨床上全く問題のないケースであっても医療ミスか否か判断することが出来ず,無用な医療紛争を引き起こしてしまいます。

医療ミスの可能性がある場合,カルテの改ざん・隠匿を防ぐため証拠保全という裁判所の手続きにより診療記録一式のコピーを入手しますが,申立費用,弁護士費用,カメラマン費用等でかなりの費用がかかります。医療事故が起きて診療録を精査しなければ過失の有無が判明しない場合は,証拠保全を実施すべきですが,医療事故ですらないのに証拠保全をすれば,弁護士が利益を得るだけで,患者や遺族は無用な出費をさせられます。不必要な証拠保全をされては,病院や医師も業務に支障を来たし他の患者に迷惑がかかる場合もあるでしょう。不必要な証拠保全の申立てが増えれば,裁判所も証拠保全に消極的となり,証拠保全をすべき場合に認めて貰えない事態が生じる可能性も否定できません。

患者や遺族は,自分のケースで証拠保全が必要か考え,疑問に思ったときは契約をする前に弁護士になぜ証拠保全をするのか説明を求めた方が良いです。

■危ない患者弁護士の見分け方(3) 協力医がいない弁護士

なぜ証拠保全をするかというと,全ての診療記録を漏れなく入手し,専門医による過失調査を行い医療ミスの有無を判断するのが目的です。ところが,医療法律相談で,「他所の法律事務所で証拠保全をやってもらったが,過失調査を依頼する協力医がいないので自分で探せと言われた。医師の知り合いがいなくて困っている。」という患者や遺族が時々訪れます。協力医がおらず専門医による過失調査を実施できないのに,証拠保全だけやって後は知らん顔をするような弁護士が存在する実態に愕然とします。専門医による過失調査ができない弁護士は,始めから証拠保全を実施すべきではないのです。過失調査をするつもりのない弁護士に依頼し,証拠保全は実施されたものの,過失の有無を判断するのに必要な診療記録が保全できていなかったという場合もあります。これでは証拠保全を実施した意味がありませんから,証拠保全にかかった費用が無駄になります。足りない診療記録は,病院にカルテ開示請求をして任意に開示して貰う他ありませんが,改ざんや隠匿がされれば過失を証明できなくなり患者や遺族は本来受けられたはずの補償を受けられなくなります。

このような被害に遭わないため,患者や遺族は,弁護士と契約をする前に証拠保全の契約の中に過失調査が含まれるのか,また,過失調査を頼める協力医がいるのかを確認したほうが良いです。

■危ない患者弁護士の見分け方(4) いきなり提訴する弁護士

専門医による過失調査の結果,過失がある場合,病院へ受任通知を送り示談交渉を開始します。損害賠償額には裁判所基準の算出方法があり示談でも裁判をしても賠償額は変わらず裁判費用・弁護士費用を考えると裁判所基準の損害賠償額で示談をすることが患者に最も有利です。また,裁判所は,裁判に至るまでの当事者双方の交渉経緯を重視し,事前の話し合いを全くしないままいきなり提訴するのを嫌います。病院弁護士が,明らかな過失があっても一切交渉に応じない方針の場合,患者は提訴せざるを得ませんが,この場合は原因が病院側にあるので事情を訴状に記載すれば良いわけです。ところが,特段の事情がないのに示談交渉を全く行わず,いきなり提訴する患者弁護士がいます。医療法律相談で,本人は医療ミスだと思い込んでいるけれど全く医療ミスのないケースの相談を受けたのですが,なんと弁護士が証拠保全を実施しており,過失調査を依頼する協力医はいないが裁判をすると言われ着手金の支払いを求められたということでした。医療ミスがないのにいきなり提訴するとはどういうことでしょうか。仮に,医療ミスがあるとその弁護士が考えたのだとしても,専門医による過失調査を経ず十分裁判の準備をしないまま裁判を起こしても勝訴の見込みはありませんから,提訴自体が目的と考える他ありません。医療裁判の場合,弁護士の着手金が高額なため,着手金目的で提訴している可能性も否定できません。

事故は起きるものだから補償すべきは補償し,事故の再発防止に繋げることで安心して医療を受けられるようにしたいという思いから医療事件を専門としている立場からは,どんなことがあっても医療事故を金儲けの道具にして欲しくないと思います。

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医療事故という言葉は,過失のないやむを得ない合併症の場合と過失のある医療ミスの場合の両方を含みます。医療法律相談のうち実に9割以上は,そもそも医療事故ではありません。医療事故にあたるのは残りの1割弱ですが,そのうち医療ミスの可能性があるのはごく一部に過ぎません。なぜ,9割以上の患者や遺族は,医療事故だと誤解してしまうのでしょうか。

■医療事故だと誤解する理由(1) 医師のコミュニケーション不足

医師の中には患者と目を合わせなかったり,患者や家族の話を遮って話をさせなかったり,患者が質問をすると不機嫌になってしまうなど,診療に関する説明をする以前に,そもそも患者とコミュニケーションを取らないか,あるいは,取れない医師がいます。これでは,患者や家族の医師に対する不信感は増すばかりで,いずれトラブルになるのは目に見えています。逆に,患者と良好な関係を築ける医師は,トラブルが少なく多少診療に問題が生じても患者との信頼関係から紛争にならない傾向があります。

医師が患者とのコミュニケーションの大切さを認識し,コミュニケーション力を高めれば殆どの医療紛争は防げるかもしれません。

■医療事故だと誤解する理由(2) 医師の説明不足

医師は,患者に対し診療に関し丁寧に説明をする義務があります。医師が,説明義務違反に問われないために,患者にどの位説明する必要があると思いますか?患者は,治療を受けるか否か,受けるとしてどの治療方法をいつ受けるのかについて自ら決定する権利(自己決定権)を持っています。医師は,患者が診療に関し自己決定をするのに必要な情報を提供する必要があるため,医師が説明すべき内容や程度は患者の症状や理解度によりケースバイケースとなります。医師の説明義務について,医師はその重要性を認識しておらず,手術同意書に患者の署名捺印をもらうためのもの位に思われがちですが,医師の説明が不十分であったり,患者から頼まないと説明をしないといった態度を取っていると患者や家族から不信感を持たれ,医師の説明不足から患者や家族にとって予想外の事態が起きると医療事故だと誤解されます。

■医療事故だと誤解する理由(3) 医師の「大丈夫ですよ」発言

患者が危篤の時,医師が家族を励まそうと「大丈夫ですよ」と声をかけることがあります。医師は,患者が助からないことを分かっているのですが,家族は医師から「大丈夫ですよ」と言われると助かるのだと受けとめてしまい,患者が亡くなると家族にとって予想外の展開ですから医療ミスだと誤解してしまいます。逆に,医師が当初から家族に,予想される結末を説明していれば患者が亡くなっても予想どおりの経過なので医療ミスを疑われることはありません。医療事故だと誤解されるのは,家族にとって予想外の展開の場合ですから,医師は,正確な情報を丁寧に説明する必要があり,助かる見込みがないのに回復するのではと期待を抱かせるような言葉をかけるのは避けるべきです。医師は,安易な発言が医療紛争を招くことを理解し,患者家族に対する説明の重要性をより一層認識する必要があります。

■医療事故だと誤解する理由(4) 後医問題

医療ミスはないのに後医が医療紛争を引き起こすことを後医問題といいます。患者が,手術など治療を受けた後,転院して別の病院で治療を受けることがありますが,後でかかった病院の医師(後医と言います)の一言がきっかけで,患者が医療ミスに遭ったと誤解することが多いです。患者家族から医療法律相談を受けるたび,なぜ後医は無責任な発言をするのかと思います。後医が前の病院で医療ミスがあったと患者に誤解させる発言をすると,医師の発言ですから患者や家族は疑うことなく医療ミスがあったと信じ,慌てて法律事務所に駆け込むことになります。医師は,何気ない一言が医療紛争を引き起こすことを認識し,安易に前医を批判しないよう十分気をつけなければいけません。

■医療事故だと誤解する理由(5) 看護師の態度

看護師の態度が原因で医療紛争を引き起こすこともあります。特に患者が亡くなった場合,入院中ナースコールをしても看護師が来てくれなかった,担当ではないと言って対応してくれなかった,患者が危篤状態なのにナースステーションから看護師の笑い声がした等,看護師の態度に遺族が不満を積もらせ,病院に対し看護師の態度の是正を申し入れたいとの思いが発端となり,医療紛争に発展する場合があります。

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医療ミスというと医療裁判を連想しがちですが,病院が過失を認めている場合は,示談が成立し通常裁判にはなりません。では,どういう場合に裁判になるかというと,事故内容と関係のない意外な理由で裁判になることがよくあります。

■裁判を避けたい患者・遺族

医療裁判と言うと多くの方は,患者や遺族の意向で裁判になっているイメージが強いと思います。しかし,実は,患者や遺族が裁判を希望することは殆どありません。患者や遺族が病院に対して望むのは,①真相解明,②謝罪,③真摯な反省に基づく事故の再発防止,④適正な補償,であって一日も早く気持ちの整理をつけ新たな人生を歩み出すため紛争の早期円満解決を最優先に考える方が多いです。医療裁判は,費用も時間もかかるのに勝てる補償がありませんから,むしろ裁判は避けたいという方が殆どです。

■裁判をしたい?病院弁護士

示談交渉を始めるに当たり,病院弁護士と面談をすることが多いのですが,初顔合わせの際,9割以上の病院弁護士から「裁判を起こして欲しい」と言われます。中には患者や遺族の気持ちを逆なでするような発言をして裁判を起こさせようとする病院弁護士もいます。

示談が成立する事件は,病院が当初から早期円満解決の方針であったことを示していますが,病院弁護士が,病院の意向に沿って早期円満解決に協力することは珍しいと言っても過言ではありません。病院は自分の弁護士がまさか患者に裁判を起こさせようとしているなんて夢にも思わないと思いますが,これが現実です。

なぜ弁護士がこんな事をするかというと,示談でまとめるより裁判になった方が着手金が入り利益になるからです。病院弁護士の中には,患者側との示談交渉に一切応じない方針の弁護士がいるので,このような病院弁護士に当たると患者側は裁判をせざるを得なくなります。医療事故が頻発する病院は,病院弁護士に事件を丸投げにすることが多いので,過失が明らかなケースでも示談交渉に応じない方針の弁護士が病院の代理人になると裁判になります。病院はこの実態を知らないので患者に訴えられたと思っているでしょうが,実際は病院弁護士が裁判を起こさせていることがあります。

病院は,医療事故が起きたとき事故原因を検証し事故の再発防止に繋げるとともに,過失が明らかで損害賠償すべき場合には,病院弁護士に対し,早期解決を図る事を明確に伝える必要があります。弁護士任せはNGです。

■賠償額が折り合わないとき

病院が過失を認めているのに裁判になる他の原因は,損害賠償額で合意が出来ない場合が多いです。損害賠償額は,裁判所基準の算定方法があるので計算方法を知っていれば誰が計算してもほぼ同じ金額になります。患者側弁護士は,病院側から裁判所基準に近い損害賠償額が提示されれば示談に応じます。患者・遺族で,時々裁判をした方が損害賠償額が増えると勘違いしている人がいますが,示談でも,裁判でも損害賠償額は変わらないので,病院側から裁判所基準の損害賠償額が提案されているときは裁判をする意味がありません。裁判をすると裁判費用,弁護士の着手金,私的鑑定意見書料など費用がかかるため,かえって損害賠償額が目減りしてしまいますし,裁判の結果,示談交渉段階で病院が提示した額より少ない損害賠償額が認定されることもあります。示談交渉で病院側が裁判所基準額の提案をしたのに患者弁護士が提訴したりすれば裁判官は,「忙しいのに何をやっているのだ!」っと,患者側への印象が悪くなることでしょう。

逆に,病院側が裁判所基準よりの大幅に少ない金額の提案しかしない場合,その金額で患者弁護士が示談をすると患者側から弁護過誤を問われかねないので患者弁護士は示談することができず提訴せざるを得なくなります。

病院が裁判所基準の損害賠償額を提示すれば直ぐ示談がまとまるのに,なぜ少ない額を提示すると思いますか。その原因は,病院弁護士と病院が加入する保険会社にあります。病院は,医師損害賠償責任保険に加入しているので医療ミスが起きて損害賠償をしなくてはならなくなってもお金を払うのは保険会社ですので損害賠償額が幾らかは関係ありません。病院にとって大切なのは,金額ではなく,一日も早く紛争を解決し医師や医療従事者が業務に専念できるようにすることです。しかし,殆どの病院弁護士がこの「病院の利益は何か」を全く理解していません。一般の事件の場合は,加害者側弁護士にとっての依頼者の利益は,損害賠償額を減らすことなので,医療事件でも同じように損害賠償額を減らせば病院の利益になると勘違いしていると思われます。また,患者側からの請求額から減額させた額の何割が弁護士報酬となるため,損害賠償額を減らした方が病院弁護士の利益になります。なるべく損害賠償額を減らしたいのは保険会社も同じですから,医療事件では病院弁護士と保険会社の利害が一致します。

病院が,過失・因果関係ともに認めている場合,損害賠償額が争点となりますが,損害賠償金を支払うのは保険会社ですから,病院対患者の争いではなく病院加入の保険会社対患者の争いになります。患者弁護士は,直接保険会社と交渉することができないため病院弁護士を介して保険会社と交渉します。患者弁護士は,保険会社に損害賠償金を支払わせるため医師意見書,診断書や検査所見等,様々な説得材料を病院弁護士に提供し,病院弁護士から保険会社を説得するよう働きかけるのですが,病院弁護士が病院の利益を理解せず収益を優先して保険会社を説得しなかったり,あるいは保険会社を説得する能力がなければ,損害賠償で折り合えず紛争が長期化します。

医療事件では,示談がまとまるまでに3年以上かかることは珍しくありませんが,病院弁護士が損害賠償額を減らすことに躍起になって駆け引きをすることがなければ必要のない時間です。もし病院弁護士が短期間で裁判所基準額の賠償額の提示をしたら,その弁護士は,紛争の早期解決という病院の利益(これは同時に患者の利益でもありますが)を理解し,己の利益より病院の利益を優先する素晴らしい病院弁護士ということになりますが私が出会えたのはほんの数名です。真に病院の利益を理解する病院弁護士が増えれば医療紛争の多くは早期円満解決できることでしょう。

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(1)まず病気・治療方法・リスクを知る

名医かそうでないかを見極めるためには,まず自分の病気がどのようなもので,どのような治療方法があり,複数の治療方法があるときには,それぞれの治療方法のメリット・デメリット,治療することによるリスク・治療しないことによるリスク,予後などを徹底的に調べることが大事です。

医療法律相談では,医師から簡単な手術だと言われて受けたら医療事故に遭い死亡したり植物状態になったというケースが多いので,メリットよりむしろデメリット・リスクや失敗例を十分調べて,問題意識を持って医師の説明を受け,治療を受けるか検討し,受けると決めたら納得する医師から納得する治療を受けることをお勧めします。

(2)治療実績のある病院・医師を調べる

病気の基礎知識を身に付けたら今度は,病院や医師の治療実績を調べます。病院のホームページに年間治療件数を発表している医療施設もありますし,インターネットや書籍・雑誌等で様々な角度からランキングが発表されている場合が多いです。自宅や職場からの通い易さ等も考えながら候補施設を絞り込みますが,良い評判だけではなくインターネットで「○○病院,裁判」などのキーワードを入れて検索し,悪い評判も調べることが大切です。医療裁判を多く抱える病院は,病院の管理体制や診療体制に問題があるのみならず,医療ミスが起きても患者遺族からの示談交渉に応じず補償しない病院である可能性があります。

(3)いきなり名医に会えるはずなし!

初めてかかった病院で偶々名医に出会い神業の手術を受けられる確率はどれほどあるでしょうか。また,医師なら誰でも一緒でしょうか?器用でセンスの大変良い医師もいれば,中には臨床が向いていない医師もいるでしょう。治療内容にもよりますが,医師により結果に差がでることもあるでしょう。勿論,名医でも医療事故を起こすことはありますので名医だから良いというものではありませんが,セカンドオピニオン,サードオピニオンを受け,自分で病院を見て医師と話して納得のゆく病院・医師を選べば,たとえ結果が良くなくてもあきらめがつくのではないでしょうか。医療法律相談では,最初にかかった病院で医療事故に遭い,別の病院にしておけば良かったとか,セカンドオピニオンを受ければ良かったなどと後悔する声が多く聞かれますが事故にあってから後悔しても遅いです。くれぐれも病院選びは慎重になさってください。

医師を選ぶときは,患者に分かりやすく丁寧に説明してくれるか,患者の話を聞いてくれるか,リスクについても詳しく説明をしてくれるか等がポイントになります。

(4)設備,環境,看護師の態度は大丈夫?

医療施設の設備が整っていることは治療を受ける上で大事ですから最新の機器が揃っているか,希望する治療を受けられる医療機器があるかなども事前に調べておくべき点です。どのような医療機器があるかホームページで公表している医療施設が多いので比較的調べやすいです。設備とともに大事なのが,病院の雰囲気や看護師の態度です。

施設が古くても患者に優しい雰囲気の良い病院がある一方,建物は立派だけど患者を大切にしていないのではと首をかしげる病院もあります。医療相談を受けると,医師・看護師のコミュニケーション不足が原因でトラブルになっているケースが多いですが,中でも看護師への不満を述べる患者遺族が少なくありません。ナースコールをしても来てくれない,仕方なく家族がナースステーションまで看護師を呼びに行ったら担当ではないと言って断られたとか,患者が危篤状態で心配している家族の前で看護師が笑い声を上げておしゃべりをしていたとか,患者や家族に対し失礼な言動をとったとか数え上げれば枚挙にいとまがありません。逆に,患者を大切にする仕事熱心な看護師が揃っている病院の場合,医療事故が起きても遺族から「本当に良くして貰った」と感謝され紛争になりにくい傾向にあります。

(5)良い病院,最悪の病院

医療ミスが起きて患者が亡くなったとき,多くの遺族が真っ先に望むのは真相解明であり,次に医師や病院の真摯な謝罪と事故の再発防止の為の具体的対策であり,最後が適正な補償です。遺族は,なぜ患者が亡くなったのか,どのようにして亡くなったのか知らされなければ納得できず患者の死を受け入れられないのだと仰います。また,真摯な謝罪があれば病院側を許すことができますが,謝罪がなく反省の色が全く見られないようでは遺族の怒りが収まりません。起こしてしまった事故を反省して検証し事故の再発防止に繋げることが大切であって,医療ミスを認めず反省しない病院では事故の再発防止に繋がらず患者の死が無駄になってしまいます。医療法律相談で遺族からお話を伺うと,患者を犬死にしないため病院を訴えたい,あるいは医師を刑事告訴したいのだと仰います。

医療ミスを起こしても,医師が遺族に事故原因を丁寧に説明して真摯に謝罪し,病院が適正な補償をすれば紛争は早期円満に解決します。最悪の病院の場合は,明らかな医療ミスにより患者を死亡させてもミスを認めず事故原因を説明せず,遺族に謝罪も補償もしません。遺族は事故後,心ない病院の対応により2次被害を受けることになります。最悪の病院は,事故を隠蔽し闇の中に葬り去るので事故を繰り返し,患者の死が生かされることはありません。

(6)医療ミスの新聞記事から読み解く「最悪の病院」の見分け方

最悪の病院は,医療事故の新聞記事を読み解くとすぐ分かります。新聞に時々医療事故の記事が載っています。事故発生日,患者の年齢,事故の内容をまず読みます。もし誰が見ても明らかなミスなのに新聞記事に遺族が「損害賠償請求訴訟(裁判)を起こす方針」「業務上過失致死容疑での刑事告訴も検討」と書かれていれば,病院がミスを認めず補償しないばかりか,病院の遺族に対する対応がかなり悪いことが推測されます。病院がミスを認めて示談の話し合いが進んでいれば遺族が裁判を起こす必要はありませんし,賠償額の折り合いがつかないだけではこのような新聞記事になりません。また,遺族は,医療ミスがあっても損害賠償請求するだけで,医師の刑事責任を追及することは通常ありません。過失を憎んで人を憎まず,という遺族が殆どですから,「刑事告訴を検討」と記事に書かれていたら,病院の遺族に対する態度が非常に酷かったことが読み取れます。人間ですから事故は起きますが,大切なのは事故が起きた後どうするかです。事故を起こしても遺族に補償せず遺族から恨まれるような態度をとる病院は,病院の体制自体に問題がある場合が多いです。こうした病院は裁判に負けないカルテ作りや事故後の口裏合わせなど事故を隠蔽する誤った方向の安全管理体制を引いているので,事故の再発防止に繋がらず職員も事故慣れして医療事故が繰り返されます。事故が起こるべくして起こる病院の典型といえましょう。医療法律相談でも頻繁に相談を受ける医療事故のリピーター病院がありますので要注意です。

医師は,航空機内のドクターコールに応じる?応じない?

院内で医師を呼ぶことをドクターコールといいますが,航空機内で急に体調の悪い乗客が出て,「お医者様はいませんか?」と医師を呼び出すアナウンスもドクターコールといいます。医師に対し,機内のドクターコールに応じるかというアンケート調査をしたところ,回答した758人中,ドクターコールに応じると答えたのは34%,応じないは17%,その時になってみないと分からないが48%で,応じた経験のある医師のうち24%は次の機会は応じないと回答したそうです(日経メディカル5月号特集連動企画「ドクターコール」に応じますか?2007/5/1)。医師が,機内のドクターコールに応じない理由は,いろいろあると思いますが,法的責任を問われるのではないか心配という声が多かったそうです。機内でドクターコールに応じたところ急病人が死亡した場合,医師は責任を問われるでしょうか?

通常の医療ミスで問われる医師の法的責任

院内で医療ミスを起こした場合,医師は,民事損害賠償責任を問われます。患者が死亡した場合は,刑事責任を問われ業務上過失致死罪になる場合があります。業務上過失致死傷罪について刑法第211条は,業務上必要な注意を怠り,よって人を死傷させた者は,5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処すると定めています。さらに,罰金以上の刑に処せられると行政責任も問われ厚生労働大臣の行政処分(戒告・医業停止・免許取消)を受けます(医師法7条2項,4条3号,4号)。しかし法は不可能を強いるものではありません。法的責任追及をされる過失は,結果予見可能性及び結果回避可能性を前提とした結果回避義務違反のある場合です。結果を予見することが不可能であれば過失は問えません。また,予見可能であっても結果を回避することが不可能なら過失は問えません。結果を予見可能でかつ結果回避可能であったのに不注意で結果を回避しなかった場合に初めて法的責任が問われるのです。

航空機内の医療行為で医師は法的責任を負うでしょうか?

病院での診療行為なら過失だとしても,航空機内には医療施設はなく,CTやMRIなどの検査もできず,医療機器も医薬品も殆どなく,できることは限られており,しかも緊急の状況ですから,医師に求められる注意義務は軽減され刑事責任が問われることはまずありません。民事責任については,民法698条(緊急事務管理)に「管理者は,本人の身体,名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは,悪意又は重大な過失があるのでなければ,これによって生じた損害を賠償する責任を負わない。」という定めがあります。事務管理というのは,法律上の義務がないのに他人のために事務を処理することで,例えば,行き倒れた人を病院に運ぶ場合がこれに当たります。機内でドクターコールに応じる法律上の義務はありませんから事務管理といえます。緊急の状況下で,検査ができず,医療機器も医薬品も殆どない機内ではできることが限られていますので原則責任を負いません。たとえば,強い胸痛を訴えている乗客が実は大動脈解離だったとしても検査ができなければ診断出来ませんし,仮に診断できたとしても機内では治療出来ません。急病人が重症の場合,航空機内では専門医でも救えないのですから,まして医師というだけで,医師なら何でもできるだろうと過剰な期待をするのは酷というものです。医療の分野は細分化しており,専門外のことは殆ど分からないのが実情だからです。したがって,航空機内のドクターコールに応じた医師は原則法的責任を負いません。ただ,損害賠償請求をするのは患者遺族の自由ですから,裁判等のリスクはゼロではありません。仮に提訴されても重大な過失がない限り賠償責任を負わないのは勿論ですが。

応召義務は負わないか?

航空機内でドクターコールに応じる法律上の義務はないと述べましたが,医師には応召義務があるのではないか,と疑問に思う方もいらっしゃるかもしれません。応召義務とは,診療に従事する医師は,診察治療の求めがあった場合には,正当な事由がなければ,これを拒んではならないという定めです(医師法19条1項)。しかし,応召義務は,医師が医療施設で診察をする場合のものですので,乗客である医師が機内ドクターコールを無視しても応召義務違反にはなりません。

外国航空機内の場合は?

以上は,日本の航空機内の場合ですが,外国航空機内の場合でも,ドクターコールに応じて急病人が死亡しても原則刑事責任は負いません。外国航空機内の外国人の急病人の場合の民事責任は一概には言えませんが,例えばアメリカ・カナダには良きサマリア人の法(good Samaritan law)といって,事故あるいは緊急の場合に,無償で善意に基づき救助を行った場合、故意又は重大な過失がない限り民事上の賠償責任を負わないという法があります。ただ,民事責任については,最終的に責任を負わないとしても損害賠償請求される可能性はゼロではないのでリスクは伴います。航空会社が賠償金を負担するか,海外旅行保険で保険金が支払われれば良いですが,支払われるかは航空会社や保険会社の約款次第です。

航空機内で実際にドクターコールをされた患者の症状

日経メディカルのアンケート調査によると,回答者758人中,実際に機内ドクターコールに応じた医師200人(26%)が実施した処置は,安静を保つが52%,経過観察が33%,内服薬,外用薬使用が17%,注射薬使用が10%で殆どが軽症でしたが,救命救急措置が必要だった患者が6%(12人)あったとのことです。

原則法的責任を負わないとしても損害賠償請求されるリスクがゼロではないとすると医師は機内ドクターコールに応じ難くなります。他方患者の立場で考えると医師にはできる限り機内ドクターコールに応じて欲しいと思います。たとえ何もできないとしても,誰もいないよりは専門家である医師が傍で見守っていてくれるだけで患者は安心するでしょう。

なお,乗客が自己の病気を航空会社に隠して搭乗し緊急着陸を要した場合,乗客は航空会社に対し損害賠償責任を負う可能性があります。

まとめ

機内ドクターコールに応じて急病人が死亡しても原則医師は法的責任を負いません。しかし遺族から損害賠償請求される可能性はゼロではなく,たとえ民事裁判で負けないとしてもトラブルに巻き込まれるリスクはあります。医師の個人情報が特定されなければ損害賠償請求できませんので,航空会社が遺族に医師の名前や連絡先を知らせない限り損害賠償請求される事はないはずですが,医師が法的責任を心配せずに機内ドクターコールに応じられるようにするためには,ボランティアの医師にリスクを負わせるのではなく,医師に協力要請をする航空会社が,医師に損害賠償責任を負わせず航空会社がリスクを負担する旨を明確にすべきであり,実際にそのような対応をしている航空会社もあります。なお,機内ドクターコールに応じて裁判で争われたケースは現在までのところはないそうです。

危ない医師(1)患者と目を合わせない医師

病院の待合室で何時間も待たされたあげく,ようやく順番が回ってきたと思ったらろくに話も聞いて貰えず3分で終わった,などという話はけして珍しくありませんが,なかには診察中ずっとパーソナルコンピュータに入力し続け,一度も患者と目を合わせず体を触らない医師もいます。患者と目を合わせず患者の話を遮り,聴診も触診もしないで患者の状態が分かるはずがありません。医師にも,患者が多いので数をこなしたいとか,患者の話を聞くのがおっくうだとか,患者を触りたくないなどの理由があるのかもしれませんが,患者に触れずコミュニケーションも取れない医師では,患者の医師に対する不信感は増すばかりで,遅かれ早かれトラブルになるのは目に見えています。逆に,もし,医師が患者の目を見て話し,患者の話を聞き,患者に触れてくれる場合は良い医師の可能性が高いです。

危ない医師(2)コミュニケーションをとらない医師

医療法律相談のうち,本当の医療事故は1割未満です。9割以上の相談が医師のコミュニケーション不足が原因で患者家族が不信感を積もらせ医療事故だと思い込んでいるケースです。患者家族が医師とコミュニケーションが取れており信頼関係が築けている場合は,たとえ医療事故が起きても,患者家族は「先生は良くやってくれた」と感謝して紛争にならない一方,治療が適切でもコミュニケーションがとれていないと医師への不信感から医療事故ではないのに患者家族が医療事故だと思い込んでトラブルになる場合があります。 

入院患者の場合は,看護師がナースコールをしても来てくれなかったり,来ても自分は担当ではないからと適切な対応をしなかったり,言動が失礼であったりすると看護師の態度が悪かったという理由から後に医療紛争になることもあります。

医師・看護師その他の医療従事者が,患者家族と良好なコミュニケーションをとれるようになれば医療トラブルは9割近く減らせると思います。

■危ない医師(3)セカンドオピニオンを受けさせない医師

患者が納得のゆく治療方法を選択するため病状や治療方針について,現に診療を受けている主治医とは別の医療施設の医師に第2の意見を求めることをセカンドオピニオンといいます。患者が,セカンドオピニオンを希望すると主治医は診療情報提供書(患者紹介状),検査データや画像データなどを用意してくれるので患者はこれらを持って他の医師を受診し医師の意見を聞きます。セカンドオピニオンは,紹介元の病院の資料に基づいて他の医師が意見を述べることなので,別の医療施設で最初から検査や診療を受け直すときは通常の診療であって,セカンドオピニオンとはいいませんので気を付けて下さい。世の中にセカンドオピニオンという言葉が定着してきて,患者が複数の病院にかかって病状や治療方針を確認するようになってきましたが,患者が現在の主治医に,他の医師の意見を聴きたいと言って検査結果のコピーや診療情報提供書の作成を依頼してもセカンドオピニオンを受けさせない医師もいます。もちろん緊急の処置が必要で,セカンドオピニオンを受ける時間的余裕のない病状のときはセカンドオピニオンを受けられなくても仕方ありません。しかし,緊急性がないのに医師が,セカンドオピニオンを受けても結果は同じだと言って患者の訴えに耳を貸さなかったり,不機嫌になって無視することもあるそうです。医師が,患者の希望するセカンドオピニオンを拒否しても罰則などはありませんが,だからといって患者の要望を無視する医師では,信頼関係は築けず将来トラブルが起きるのは目に見えています。患者が納得のいく治療法を選択することができるよう,積極的に協力する医師は良い医師といえましょう。

■危ない医師(4)入院するまで手術の説明をしない医師

患者が入院するまで手術方法,リスクなど具体的な治療方針や治療内容を説明しない医師がいます。一種の囲い込みのようなもので,患者は,セカンドオピニオンを受けたいと思っていても入院してから詳しく説明するといわれ一旦入院してしまうと,外出ないし外泊許可をもらってまで他所の病院の医師の意見を求めるのは現実には難しく,結局セカンドオピニオンを受けるのを諦めてしまいます。しかし,医療事故が起きると患者や遺族が他所の病院にかかっていれば良かったと大変後悔することが多いので,後悔しないためには遠慮することなく入院前に手術の説明をするように求めるとともに他所の病院のセカンドオピニオンを受けたいと明確に医師に伝え,複数の医師の意見を聴いた上で,手術を受けたい医師から納得のいく治療方法を受けるべきです。 

危ない医師(5)手術の危険性を説明しない医師

医師は患者が治療方法などを選択するのに必要な説明をする義務があります。医師の中には,説明義務を単に手術同意書に患者の署名押捺を貰うためのもの程度の認識しかない場合が多いですが,説明義務は患者が治療内容や治療を受けるか受けないか,受けるとしていつ受けるか等の自己決定をするのに必要な情報を提供するのが目的です。従って,医師に求められる説明の程度は,患者の理解力によりケースバイケースだということに注意が必要です。患者は医師に対し治療について自己決定するのに必要な情報提供を要求できるわけですから,遠慮せず理解できるまで説明を求めて良いのです。 手術の場合は,実施予定の手術の内容(執刀者,助手の氏名を含む),手術の危険性,手術を実施しない場合の危険性,合併症の有無,他に選択可能な治療方法がある場合は,その内容と各々の手術方法のメリット・デメリットなどについて説明すべきとされています(厚生労働省・診療情報の提供等に関する指針の策定について,2003年)。           

ところが実際は,医師が手術をしなかった場合の危険性や手術のメリットばかり強調し,手術自体の危険性について十分説明せず,患者が緊急の必要性がないのに簡単な手術だと誤解して受けたところ植物状態になったり死亡したりするケースがあります。患者にリスク説明をすると手術を受けなくなるのではと心配する医師もいるでしょうが,事前にリスクに関する説明が十分なされていれば,リスクが現実化しても患者家族は予想しているので理解が得られやすい反面,リスク説明が足りず患者家族にとって予想外の結果になったときはトラブルになりやすいです。ですから,医師が,説明文書を渡しただけで説明しなかったときや手術自体のリスクや手術に伴う合併症の危険性を丁寧に説明しないときは要注意です。このような医師に当たったら患者からリスクの説明を求めた方が良いですが,患者自身に全く知識がないと何を聞けばよいか分からず,説明されても分からないのでは仕方がありませんから,自分の病気や治療方法,手術のリスクなど事前に調べてから医師に説明を求め,手術を受けるか否か,受けるとしていつ受けるか,どの方法にするか決定すべきです。患者が高齢で自分で調べられないときは患者の家族が調べて患者と一緒に医師の説明を聞くとよいでしょう。 

危ない医師(6)手術日前に患者に会わない執刀医

医療法律相談で,患者家族から手術ミスではないかという相談を受けることがありますが,それらに共通するのは手術日前に執刀医が患者に会っていない点です。執刀医の名前だけは知らされたが手術前に一度も会わなかったケースや,誰が執刀医か知らないまま手術を受け,術後も執刀医から説明がなく,医療事故にあった後,家族が患者の診療録を調べて初めて執刀医を知ったというケースもあります。ケース(1)の左右腎取り違え事件では,執刀医は手術前日病室に行くと言って結局手術前に患者に会いませんでした。忙しかったのかも知れませんが,もし手術前に患者に会って話をし診察していれば,マーキング忘れに気づくなりして左右を取り違えることがなかったかもしれません。

危ない医師(7)状態が悪いのに「大丈夫ですよ」を連発する医師

危篤状態で回復の見込みがないのに,医師が,家族に心配させないために「大丈夫ですよ」などと言ってしまうことがあります。家族はそのまま真に受けて回復すると信じてしまいますので,その後患者が死亡すると家族にとっては予想外の展開となるので医療ミスを疑われることになります。

厳しい見立てをすれば,助かれば名医といわれ,助からなくても家族に心構えができているので問題になりませんが,本当は助からないのに甘い見立てをして家族に期待を持たせると,かえって医療ミスではないかと疑われトラブルのもとになります。端から見ても危ない状態なのに「大丈夫ですよ」を連発する医師は要注意です。医師は,現在の症状,診断病名の他,予後・処置及び治療の方針についても説明する義務がありますので,患者が大丈夫そうに見えなければ家族は詳しい説明を求めた方が良いです。

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