医療コラム 『最近増えている医療トラブル』

最近特に増えていると感じる医療トラブルは,高齢者医療を巡る問題です。80〜90歳代の親を持つ家族から,入院中患者が誤嚥性肺炎で亡くなったのは医療ミスではないか,という問合せが後を絶ちません。医療安全に対する患者や家族の意識が高くなってきている一方,医学知識が不足するため元気そうに見えたのに急に亡くなると医療ミスだと誤解されがちです。医師が,誤嚥性肺炎について予め患者家族に分かりやすく説明しパンフレット等を渡していれば誤解を防げるのですが,そのような説明が必要だと医師が認識していない場合が多いです。医師にとって当たり前の事でも,患者や家族には当たり前ではないことを多くの医師が分かっていないことは問題です。

 

又,認知症や脳梗塞後等でコミュニケーションが取れない高齢患者であっても家族には大切な存在ですから,医療関係者の「高齢だから仕方がない」といった言動は,患者家族の不信感を招き後にトラブルになることが多いです。

 

裁判では,肺炎の見落とし,誤嚥,転倒事故で医療機関側の過失が認められる場合があります。介護施設を運営する医療機関が増えていますが,入所者(61歳)が肺炎で死亡したケースで,裁判所は,医師は必要な検査をして早期に肺炎と診断し適切な病院へ転院させるべきだったとして1870万円の支払いを命じました(鹿児島地裁平29年5月17日)。高齢患者の場合,嚥下機能が低下するため誤嚥が多いですが,患者が窒息して訴訟になる場合があります。嚥下障害のある患者(80歳)がおにぎりを誤嚥して死亡したケースで裁判所は,看護過失があったとして病院側に2882万円余の支払いを命じました(福岡地裁平19年6月26日)。裁判所は,看護師は,誤嚥の危険性を認識した場合,誤嚥することがないように注意深く見守るとともに,誤嚥した場合には即時に対応すべき注意義務があるのに見守らず患者の窒息に気づくのが遅れた過失があると認定しました。転倒による骨折が問題になることも多いです。転倒が予測される場合,防止策をとっていないと法的責任を問われます。介護施設でデイサービスを受けていた85歳女性が施設内のトイレで転倒し骨折したケースで裁判所は,歩行介護義務違反があったとして施設側に1253万円余の支払いを命じました(横浜地裁平17年3月22日)。

 

高齢者の場合,骨粗鬆症により骨折することが多いですが,入院中に骨折が見つかり患者や家族が医療ミスだと誤解しトラブルになることも少なくありません。入院の際などに,予め患者家族に骨粗鬆症により「いつのまにか骨折」することがあると医師・看護師が説明すれば防げるトラブルです。医療関係者は,患者や家族に誤解を生じさせないように丁寧に説明することが大切だと思います。
 

 

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医療コラム 『2018年 医療訴訟の現状』

一般の方も医療関係者も,医療事故が起きると裁判になるというイメージを持っている方が多くおられます。しかし,医療事故が起きてもいきなり裁判になることはなく過失が明らかなケースは,示談で解決することが多いです。損害賠償額についても,莫大な金額を請求するイメージがあると思いますが,実際は裁判所の算定基準に基づいて算出された裁判所基準額に近い金額で示談をするのが一般的です。そして,損害賠償額は裁判をしても変わらず,裁判をすると裁判費用や弁護士着手金など費用がかかるため,患者側は示談をする方がメリットになります。医療機関側も,裁判で患者側と何年も争うより医師賠償責任保険等を使用して示談をした方が早期円満解決することができてメリットになります。医療行為の過失の有無が争点となるケースは,裁判で争わざるを得なくなります。そこで医療訴訟の現状について見てみましょう。 

 

最高裁判所の統計資料によると,医療関係訴訟件数は一時増加傾向にありましたが,平成16年の1,110件をピークに減少し,平成21年には732件まで減りました。その後,また増加傾向に転じましたが,平成26年から平成29年は830件から870件の間で漸減漸増しており平成29年の速報値が857件ですから概ね横ばい傾向で落ち着いているといえます。医療訴訟の患者側の勝訴率(認容率といいます)は,平成12年の46.9%が最も高く,平成16年まで40%前後で推移していましたが,その後減少し続け平成28年には17.6%まで低下しました。平成29年は20.5%に増えましたが,過去4年間,患者側勝訴率は概ね20%前後で推移しています。通常訴訟の原告勝訴率は80%台を維持し平成29年は84.9%ですから,医療訴訟で患者側が勝訴するのがいかに難しいかが分かります。医療訴訟の平均審理期間は,平成28年23.2月,平成29年は24.2月で,過去12年間裁判終了まで概ね2年かかっています。通常訴訟の平均審理期間は,8.6月(平成28年)ですから(最高裁判所「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書第7回」平成29年7月21日),通常訴訟に比べ医療訴訟は相当時間がかかることが分かります。医療訴訟は,判決より裁判上の和解で終わることが多いのも特徴です。通常訴訟の和解率35.8%(平成28年)に対し(上掲報告書),医療訴訟は,平成28年は51.1%,平成29年は54.6%が和解で終わっています。和解率が高いのは,裁判官が患者側勝訴の心証を持ったとしても,医療機関側の専門的な主張を排斥して患者側勝訴の判決書を書くのは難しいので熱心に和解を勧めるためです。和解は当事者双方にとっても判決で終わるよりメリットがあります。判決の場合,負けた方が控訴すると高等裁判所でまた争わなければならず負担になりますし,勝ったと思ったら高等裁判所で判決が覆される場合もあります。和解すれば紛争を蒸し返されることなく早期解決することができます。医療機関には,和解をすることで,新聞やインターネット等で判決内容が公表され風評被害を受けるのを防止できるメリットもあります。

 

医療訴訟の多い診療科目は,平成29年の統計資料で,内科(24.0%),外科(14.9%),整形外科(13.3%),産婦人科(7.2%),形成外科(4.0%)の順です。過去のデータを見ますと内科,外科,整形外科の順位は変わっていません。
 

 

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医療コラム『2018年 医療事故の報告件数は過去最多』

2019年5月9日,2018年の医療事故の報告件数が4565件で過去最多と報道されました。年単位の集計を始めた2005年は1265件,その後13年間増え続けています。新聞で報道される医療事故数は,医療機関が日本医療機能評価機構に報告した医療事故数です。医療機関の内訳は,法令により医療事故の報告が義務づけられている大学病院や国立病院機構の病院など274施設からの報告が全体の約9割にあたる4030件,任意で参加する797施設からの報告が535件でした。事故の程度の内訳は,死亡7.3%(293人),障害残存の可能性有り36.3%(1464人)となっています。過去最多といっても事故自体が増えているのではなく,医療安全に対する意識が高まり,報告する医療機関が増えたと考えられます。機構は「医療事故を報告することが定着してきている」と評価しています。 

 

では,全国で1年間にどの位医療事故が起きているのでしょうか。機構に報告義務のある医療機関でも年間約15件,月に1回は医療事故が起きていることになるので各医療施設で月に1回医療事故が起きていると仮定すると,全国に医療施設は17万8937(病院8399,診療所10万1777,歯科診療所6万8761)ありますので(厚生労働省「医療施設動態調査」平成30年2月末概数),215万件程になります。2018年の交通事故発生件数が43万0601件ですので,医療事故の発生件数の方が多そうです。患者が,医療事故から身を守るには,先ず,医療事故は身近に起こり得るという認識を持つことが大切です。
 

 

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医療コラム『大病院がいいとは限らない!?』

病院にかかるとき,漠然と大病院の方がいいと思いがちです。確かに,大病院の方が,最先端の医療機器など設備が揃っており,症例数が多いので場数を踏んで技術のある医師が多いでしょう。しかし,結論から言うと,病院の大きさと医療ミスの多さは関係ありません。医療法律相談を受けると某大学病院の医療ミスの相談を何度も受けます。大学病院は,教育を目的としているので経験の乏しい医師が手術で失敗するなど医療事故数は比較的多いと言えます。しかし,全ての大学病院で医療ミスが起きているかと言えばそうではなく,一部の大学病院で繰り返し医療ミスが起きています。医療ミスを繰り返す病院の特徴は隠蔽体質にあり,真摯に反省しないため,同じような事故が繰り返し起きます。ミスを起こした医師個人のみならず,病院の管理体制に問題があると考えられます。


もう一つ,大病院に特有な問題として,その分野の第一人者と認められるため症例数を増やして実績を作りたい医師が,患者に「簡単な手術」と説明して危険性の高い手術や新しい治療法を実施し事故を起こしてしまうケースがあります。記憶に新しいのは,群馬大学医学部附属病院の腹腔鏡下肝切除術で8人が亡くなった事件です。同病院は,事故調査報告書のなかで全てのケースで過失有りと判断したほか,術前,患者に十分なリスク説明がなされず,未だ安全性・有効性が確認されていない保険適用外の高難度手術を実施する場合に必要な院内の倫理審査委員会への申請も行っていなかったと述べています。8例全例で死因解明のための病理解剖が行われず,診療科から病院への死亡事故報告もなされておらず,病院の安全管理に対する認識の甘さが浮き彫りとなりました。 

 

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医療コラム『医療事故調査制度の見直し』

元々の制度設計は,事故の原因を究明し再発防止に繋げるための情報収集手段でした。しかし,「医療事故調査制度」という名称が,病院側にも患者側にも医療ミスの責任追及手段という誤解を招いているのが現状です。新しい制度の問題点が徐々に浮き彫りとなり,平成28年6月,制度の一部改正が行われました。

医療事故調査制度開始から1年間の報告件数

平成27年10月に制度が始まり,1年間の報告件数は388件でした。制度設計の段階では,年間1300〜2000件の報告があると予想していましたが,実際はその2〜3割に過ぎませんでした。388件のうち,病院は362件,診療所は26件でした。診療科では,外科69件,内科56件,消化器科と整形外科が各々34件,循環器内科が25件,産婦人科22件,心臓血管外科21件,小児科17件,脳神経外科16件,精神科15件,その他79件でした(プレスリリース医療事故調査制度の現況報告[9月]平成28年10月11日医療事故調査・支援センター)。

医療事故調査制度の問題点―事故の報告件数が少ない

利用されなければ制度を作った意味がありません。なぜ,報告件数がこんなに少ないのでしょうか。まず,担当医師が院長など医療機関の管理者に対し事故報告をなさず,そもそも管理者が死亡事故が起きたことを把握していない場合があります。次に,医療機関が第三者機関(日本医療安全調査機構)に報告しなければならない医療事故は,「予期しなかった」死亡事故ですが,判断基準が曖昧なため,報告しない場合があります。予期できたか否かは患者の病状から判断するもので,一般的な死亡の可能性について説明しただけでは「予期していた」ことにはならないのですが,医療法施行規則第1条の10の2は,医師が患者家族に死亡が予期されることを説明していたか,診療録等に記録していた場合は「予期しなかった」死亡に該当しないとしているため,事前に患者家族に死亡のリスクを説明しさえすれば報告する必要はない,とも受け取れます。しかも,遺族からは,事故を第三者機関に報告することができないので,「医療事故」として報告するか否かは,医療機関の管理者の判断次第でした。

医療事故調査制度の見直し

厚生労働省は,報告件数が伸び悩む医療事故調査制度の改善を図るため,平成28年6月24日,医療法施行規則の一部を改正する省令の公布等を行いました。医療機関の管理者は,院内で起きた医療事故を漏れなく把握する体制を確保しなければならないことが明確化され,「予期しなかった」死亡事故の判断基準や院内調査方法を全国で統一するため協議会を設置し検討することになりました。担当医師が死亡事故を院内で報告しない場合に備え,第三者機関が遺族の相談を受け,医療機関に対し遺族の調査要望を伝える仕組みも作られました。          

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医療コラム『裁判以外の紛争解決法−医療ADR』

裁判以外の紛争解決法

医療事故が起きて,患者が病院と話し合いをしたけれど行き詰まってしまった場合,裁判を起こすしかないと思っている方が殆どだと思います。しかし,裁判以外にも医療ADRという紛争解決法があります。ADRは, Alternative Dispute Resolutionの略で,裁判外紛争解決という意味です。第三者が入って当事者間の話し合いによる紛争解決を支援する制度です。東京三弁護士会(東京弁護士会,第一東京弁護士会,第二東京弁護士会)が2007年9月に開設し,その後,札幌,仙台,愛知,京都,大阪,愛媛,岡山,広島,福岡の9つの弁護士会でも実施されています。その他,茨城県では医師会が主催する「茨城県医療問題中立処理委員会」,千葉県にはNPO法人「医療紛争相談センター」が医療ADRを行っています。やり方は場所によって異なります。東京では,医療紛争の経験豊富な弁護士2名(普段,病院側の代理人をしている弁護士,患者側代理人をしている弁護士,各1名)と医療事件と無関係な弁護士の3人があっせん・仲裁人になります。普段,病院や患者の代理人をしていても,あっせん人は当事者双方の話し合いを促す立場ですから,どちらの味方でもなく中立です。むしろ,日ごろ医療事件を扱っている弁護士が関与するため,過失や因果関係の有無が分かりますし,妥当な損害賠償額,裁判になった場合の見通しなどの話もできるので,当事者間の充実した話し合いが可能となります。東京は3つの弁護士会がそれぞれ医療ADRを行っていますが,医療紛争の経験豊富な弁護士のあっせん人名簿は,東京三会で共通なので,どの会に申し立てても変わりありません。第二東京弁護士会の場合,申し立てられた相手方病院へ期日への出席を要請したり,患者本人が申し立てた場合に申立ての整理を行うなど医療ADRの利用をサポートする「手続管理者」と呼ばれる弁護士がいます。              

医療ADRのメリット

医療裁判は時間がかかります。最高裁判所の統計資料によれば,平均審理期間は平成28年で23.2か月,約2年です。これに対し医療ADRの平均期間は6〜7か月,平均期日回数は和解成立事件で4回ほどです(東京三弁護士会医療ADR第二次検証報告書,2016年3月 http://niben.jp/news/info/2016/160426135243.html)。

医療裁判では,裁判費用,弁護士費用,私的鑑定意見書料,裁判所が鑑定を採用した場合の鑑定費用など費用がかかります。医療行為の過失が争われるケースでは私的鑑定意見書の提出が必要になりますが,患者側が私的鑑定意見書を提出すると病院側からも私的鑑定意見書が提出されるので,それに対する私的鑑定意見書を更に準備しなければなりません。裁判に提出する私的鑑定意見書料は通常最低でも一通30万円以上かかりますので裁判の間に複数の医師に数回作成して頂くとかなりの金額になります。これに対して,医療ADRでも,申立手数料,期日手数料,成立手数料がかかりますが,弁護士を頼まず本人で申し立てることができますし,裁判と異なり私的鑑定意見書がなくても手続きは進められるので裁判より費用は少なくすみます。            

医療裁判では,患者が過失及び因果関係を証明する責任を負っているため,証拠がないとか,協力医がいないか経済的理由から私的鑑定意見書を証拠として提出することが出来ないと負けてしまいますが,医療ADRは話し合いによる紛争解決を支援する手続きなので客観的証拠に基づく証明ができなくても紛争が解決できる場合があります。 

医療裁判では,過失・因果関係・損害額といった法的争点以外問題にしません。患者や家族が,争点以外のところにわだかまりを感じているような場合,本人の気持ちと別に裁判が進み疎外感を感じることがあります。医療ADRでは,法的争点以外に,診療経過,事故状況や病院の事故の再発防止策について説明を求めたり,患者家族の思いを病院に伝えたりすることができます。患者家族は,補償の問題のみならず真相解明,病院側の真摯な反省,事故を無駄にしないよう具体的な再発防止策の構築を希望することが多いです。患者家族が,医療ADRの手続きに自ら参加することで心の整理がつき紛争解決に繋がることもあります。

医療裁判では,裁判官を選べませんが,医療ADRでは,申立人があっせん人名簿の中から希望する弁護士を指名することができます。その場合,相手方の意見を聞いてあっせん人を決めます。

医療裁判は,3審制(3回まで審理を受けることができる制度)ですが,医療ADRには回数制限がないので何度でも申立可能です。 

医療裁判は,裁判を提起できる裁判所が決まっていますが,医療ADRは,他の県で起きた事件を東京の医療ADRに申し立てることが可能です。

医療裁判は,公開ですが,医療ADRは非公開の手続きなのでプライバシーが保たれます。

医療ADRのデメリット

裁判は出廷義務がありますが(書面を出さず全く出頭もしないと,相手の主張を認めたことになってしまう),医療ADRは任意の手続きなので医療機関側が期日に出席しない場合,手続きが進められません。相手方が期日に出席する割合(応諾率)は,66.7%(前掲東京三弁護士会医療ADR第二次検証報告書,2016年3月)で,必ずしも高くありません。医療機関が,医療ADRのことを,過失の有無を判定する手続きだと誤解しているのではないかと思います。医療機関に,医療ADRが,話し合いによる紛争解決を支援する使い勝手の良い制度で紛争の早期円満解決につながることが広まれば,応諾率も徐々に増加することでしょう。実際,医療機関側から,医療紛争の早期円満解決の為,医療ADRを申し立てるケースも増えています。病院が示談を希望し裁判所基準に照らし妥当な賠償額の提案をしているのに,患者の病院に対する不信感から当事者同士の話し合いが進まない場合,医療ADRを利用すると,病院側と同じ内容でも第三者であるあっせん人から説明されれば患者側も病院が妥当な提示をしていることを知り早期解決に繋がることがあります。

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医療コラム『医療ミスで問われる医師・看護師の法的責任』

医療ミスを起こした場合の3つの法的責任

医療ミスを起こした場合,医師・看護師その他の医療従事者は,民事責任,刑事責任,行政責任の3つの法的責任を問われる可能性があります。通常は,患者や遺族から民事責任(損害賠償責任)を追及されるのみです。しかし,医療ミスにより患者が死亡したり,重大な後遺症が残った場合には,刑事事件になる場合があります。刑事事件になると,刑事責任(刑法211条業務上過失致死傷罪:5年以下の懲役もしくは禁錮又は百万円以下の罰金)が問われます。刑事事件で,罰金以上の刑に処せられると,厚生労働大臣が医道審議会の意見を聴いて行政処分(戒告,医業停止,免許の取消し)を下します(医師法7条,保健師助産師看護師法14条等)。                         

民事裁判で問われる2つの責任

民事裁判では,医療ミスを起こしたのが勤務している医師や看護師の場合,個人を訴えることはできますが(民法709条),医療従事者を被告にすることは比較的少ないです。人はミスをおかしてしまうものだから罪を憎んで人を憎まずの精神で,医療従事者個人を紛争の当事者にして仕事に支障を来さぬよう,又,医師の将来を考え患者家族があえて個人を被告にしないよう願うことが少なくありません。勤務医が被告になるのは,患者家族に対する対応がよほど酷かったか,患者弁護士の方針と考えられます。通常は病院を開設している法人を被告として使用者責任(715条)を追及することが多いです。これは不法行為責任といって,交通事故と同様に当事者間に契約関係がない場合の責任追及の方法ですが,患者と病院は診療契約を締結しているので,病院を開設している法人(個人病院や診療所の場合は開設している医師)に対し契約上の責任,即ち,債務不履行責任を併せて追及します(民法415条)。不法行為責任や債務不履行責任は,法律構成といわれるもので不法行為に基づく損害賠償請求単独でも,債務不履行に基づく損害賠償請求が併せて主張されても,損害賠償額に差はありません。

不法行為責任と債務不履行責任の差

損害賠償請求権の消滅時効期間は,不法行為責任の方が短いことから(被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年[民法724条],債務不履行責任は,権利を行使することができる時から10年[民法166条,167条]),不法行為責任が時効にかかって追及できないときは,債務不履行責任を単独で主張します。不法行為構成と債務不履行構成では,消滅時効期間の他,遅延損害金の発生時期・近親者固有の慰謝料請求の可否・相殺の可否等で差があります。遅延損害金の発生時期は,不法行為構成では,不法行為の時発生するのに対し,債務不履行構成では,被告に請求した日(実務では訴状送達の日)の翌日から遅延損害金の支払いを請求できるにすぎません。近親者固有の慰謝料については,不法行為構成では請求できますが,債務不履行構成では,近親者は診療契約の当事者ではないので認められません。相殺(互いに差し引くこと)については,医療機関が患者に対して債権を持っていても不法行為構成では,相殺が禁止されていますが,債務不履行構成では禁止されていません。さらに,債務不履行構成の場合,患者と医療従事者とは契約関係が無いので勤務している医師や看護師個人を被告にすることはできません。

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医療コラム『医療行為の過失の種類』

医療行為の過失には,問診義務違反,検査義務違反,診断義務違反,治療義務違反,術後管理義務違反,投薬に関する義務違反,療養方法の指導に関する義務違反,転送義務違反,看護に関する義務違反などがあります。

■問診義務違反

問診とは,診察を受けたとき医師から尋ねられる病状,経過,アレルギーの有無,患者及び家族の病歴等の質問のことです。医師は,患者に問診を行って診断や治療の助けにします。問診義務違反が問題となる類型として,(1)疾患の鑑別に必要な問診をしなかった場合と,(2)投薬や麻酔の際問診を怠りアナフィラキシーショック(アレルギー反応の一つ)により死亡するケースがあります。患者は,通常,病気の典型的症状を知らないので自分の症状を的確に言葉で表現することができませんし,病気によっては持病や過去にかかったことのある病気(既往歴)や親兄弟の病気(家族歴)が重要な情報になることも知りません。医学の素人ですから医学的に何が大事で何が大事ではないか分からないのは当然です。医師は,患者に医学的知識が乏しいことを踏まえ鑑別診断や治療に必要な情報を上手に患者から聞き出さなければなりません。医師の問診義務違反が問題となった判例に,最判昭36.2.16(献血の際の問診),最判昭51.9.30(予防接種の際の問診),最判昭60.4.9(投薬の際の問診)があります。

■検査義務違反

病気の鑑別診断に必要な検査を実施せず経過観察にして手遅れになった,術前検査が不十分のまま癌の手術をしたところ癌ではなかった,検診で異常を見落とされた場合などに問題となります。検査設備がない場合は,精密検査のできる病院に患者を紹介しなければならず,それをしないと転送義務違反(転医義務違反とも言います)を問われます。検査義務違反が問題となった最判平11.2.25は,肝硬変で専門医に定期通院していた50代前半の男性が,肝細胞癌を発症する危険性が高かったのに検査が実施されず,他院で既に手の施しようのない肝細胞癌が発見され間もなく死亡した事件です。

診断義務違反

診断を怠った結果,必要な治療が実施されなかったことが問題となるため,診断義務違反単独というより,次に述べる治療義務違反と一緒に主張されることが多いです。緊急の場合は,確定診断がつく前に可能性の高い疾患に対する治療を開始しなければならない場合もあるので,主に治療を実施しなかったことが問題になります。          

治療義務違反

治療義務違反には,(1)必要な治療を実施しなかった場合,(2)実施された治療方法の選択が問題となる場合,(3)治療の必要性が問題となる場合(適応違反),(4)手技に過失があった場合があります。

(1)のケースで最判平13.6.8は,重症の怪我を負った患者が入院中に敗血症で死亡した事件です。裁判所は,医師は細菌感染に対する適切な措置を講じて重篤な感染症に至ることを予防すべき注意義務があったと判断しました。(2)のケースで東京地判平17.12.8は,医師が,自己免疫性肝炎の可能性が高い患者に小柴胡湯(ショウサイコトウ)を投与していた事件で,裁判所は,肝炎の第1選択であるステロイド療法を開始すべき義務があったと判断しました。(3)「適応」とは,医療行為を行う妥当性です。手術適応が問題になりやすく手術を実施すべきではなかったなどと主張されます。大阪地判平14.8.28※※は,大腸癌及び肝臓癌の同時切除術を行ったところ多臓器不全により患者が死亡した事件です。裁判所は,手術適応があったと認め医師の過失を否定しました。(4)手技上の過失は主に手術で問題となります。損傷しても必ずしもミスとは言えず,手術のやむを得ない合併症として過失が否定される場合があります。東京地判平17.4.27※※※は,経皮経管的冠動脈形成術の際,冠動脈を穿孔,出血し患者が死亡した事件です。裁判所は,偽腔内でバルーンを拡張して血管穿孔を招いた過失を認めました。

※医療訴訟ケースファイルVol.2東京・大阪医療訴訟研究会編著,判例タイムズ社90〜93頁
※※医療訴訟ケースファイルVol.1東京・大阪医療訴訟研究会編著,判例タイムズ社128〜130頁
※※※東京地判平17.4.27,判例タイムズNo.1186,191〜222頁

術後管理義務違反

手術に関連して,術後管理義務違反が問題となります。最判平18.4.18は,冠動脈バイパス手術を受けた患者が術後腸管閉塞を起こし死亡した事件です。裁判所は,医師には直ちに開腹手術を実施し,腸管壊死部分があればこれを切除すべき注意義務を怠った過失があると判示しました。

投薬に関する義務違反

投薬により重大な副作用が生じた場合,早期に投薬を中止しなかった過失が問題となります。医薬品の添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず医療事故が起きた場合は,合理的理由がない限り医師の過失が推定されるとされます(最判平8.1.23)。

療養方法の指導に関する義務違反

療養方法の指導に関する説明は,医療行為の一環であり,どのような症状が現れたら病院を受診する必要がある等の説明をしなかった場合に問題となることが多いです。退院時や通院終了時に,一定の症状があれば重篤な疾患に至る危険があり速やかに医師の診察を受ける必要がある場合,医師には患者に具体的に説明する義務があり,「何かあったら病院に行くように」という一般的説明しかしなかった場合,療養方法の指導に関する義務違反が問われます。最判平7.5.30は,医師が黄疸の認められる未熟児を退院させる際,親に特に注意をしなかったところ児に核黄疸による脳性麻痺を生じた事件です。裁判所は,医師は退院の際親に,黄疸が増強して哺乳力の減退などの症状が現れたときは重篤な疾患に至る危険があることを説明し,症状が現れたときには速やかに医師の診察を受けるよう指導すべき注意義務を負っていたというべきとし,退院時黄疸について何ら言及せず,何か変わったことがあれば医師の診察を受けるようにとの一般的な注意を与えたのみでは,注意義務を尽くしたとは言えないと判示しました。

※最判平7.5.30,判例タイムズNo.897,64〜83頁

転送義務違反

転送義務違反は,開業医で問題になることが多いです。医師は,自ら検査や診療行為を行えないときは,実施可能な医療機関に患者を転送し適切な医療を受けられるようにすべき義務があります。最判平15.11.11 は,通院治療中の小学6年生の患者が急性脳症により重い脳障害の後遺症を残した事件です。裁判所は,自ら検査及び治療の面で適切に対処することができない何らかの重大で緊急性のある病気にかかっている可能性が高いことを認識することができた事情の下では,開業医には高度な医療を施すことのできる適切な医療機関へ転送し,適切な医療を受けさせる義務があると判示しました。

※判例タイムズNo.1140,86〜92頁

看護に関する義務違反

呼吸管理,痰吸引措置,急変時の医師への報告の遅れ,薬誤投与など,入院管理に関する看護師の対応が問題となることが多く,次いで病院内の転倒事故が多いです。その他,新生児管理(看護師がカンガルーケア中の児の異常を見落とし死亡した事件)や患者に対する湯たんぽ使用時の事故(患者が低温熱傷となり敗血症から多臓器不全となり死亡した事件※※)があります。

※大阪地判平19.7.20/医療訴訟ケースファイルVol.4東京・大阪医療訴訟研究会編著,判例タイムズ社276〜280頁
※※東京地判平15.6.27/医療訴訟ケースファイルVol.1東京・大阪医療訴訟研究会編著,判例タイムズ社9〜11頁

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医療コラム『裁判に負けるのは裁判官のせいか?』

裁判官は医師でない方が良い!?

私が弁護士になったばかりの頃,若気の至りで医学の専門知識のない裁判官には医療行為の過失は判断できない,医療事件は医師資格を持つ裁判官が担当すべきだと思っていました。しかし,患者側弁護士として経験を重ね,東京地方裁判所の民事調停委員や弁護士会の医療ADRのあっせん・仲裁人の立場で医療事件にかかわるようになってから,裁判官は医師資格を持たない方が患者にとっても病院にとっても妥当な結論に導かれると真逆の考えに変わりました。医師が裁判官になると専門家として医療事件に強い影響力を持つ可能性が高いですが,もし過失があっても病院を擁護する考え方を持っていると裁判がゆがめられ医療ミスの被害患者や遺族が補償を受けられなくなってしまいます。実際,裁判で鑑定意見を述べる医師の中には事実を評価せず何が何でも病院を擁護する方がおられます。逆に,医師資格を持ちながら医療ミスがないのに病院を訴える弁護士もいるそうです。医療ミスがあるのに患者が何の補償も受けられないのは誤っています。他方,医療ミスがないのに病院が負けるのも間違っています。不当な判決が確定してしまうと,先例として後の同種事案の裁判に悪い影響を与えてしまうことに注意が必要です。          

公正な裁判を実現するという観点からは,医師資格を持たない裁判官が,医師の意見を参考にしながら判断をする現在の裁判が妥当だと思います。              

裁判で負けるのは弁護士の責任!?

医療従事者の多くは,医療裁判の結論だけ聞いて,素人の裁判官が患者寄りの判決を出して不当だと批判しますが,判決の内容を正しく理解できていないことが多いです。結論だけではなく,当事者双方の主張内容及び裁判所の判断理由を丁寧に読み解くと,殆どは妥当な結論が導かれています。          

もちろん,医療従事者から見れば過失がないのが明らかなのに病院が負けたり,逆に過失が明らかなのに患者が負けるケースもあります。そういうとき,負けた方は,「悪いのは裁判官だ」と批判します。しかし,悪いのは裁判官ではありません。民事裁判では,証明責任を負う側が証明できなければ負ける仕組みです。医療裁判では,患者側(原告)が,医師の過失及び死亡や後遺障害など発生した損害と過失との因果関係の両方を証明する責任を負っています。刑事裁判では無罪の人を有罪にしないよう真相解明が重要ですが,民事裁判は,対等な私人間の争いであり真相を解明する場ではありません。医療法律相談で,患者家族が「裁判官は分かってくれる」と仰ることがありますが,それは幻想です。裁判官は真相を解明しようとは考えていません。裁判官は,原告被告双方の主張を聞いて証明責任を負っている側が証明できているかを判断するだけです。患者が過失と因果関係を証明できなければ患者は負けますし,証明できていれば今度は病院側が反論しないと病院が負けます。こうした民事裁判の仕組みが分かれば,裁判に負けたのは裁判官が悪いのではなく,証明できなかった弁護士に問題があることが分かります。           

過失が明らかなのに患者側が負ける,逆に過失や因果関係を証明するのが困難なのに病院が負けるケースは,各々患者弁護士,病院弁護士の弁護ミスと言って過言ではありません。

弁護ミスが起きるのは,素人の弁護士に医療事件を任せてしまうからですが,その原因は,多くの方が,弁護士だったら誰でも一緒だと思っているからだと思います。しかし,「内科でも外科でも医師なら一緒」とはいえないように,弁護士にも得意不得意があります。医学的知識のない弁護士に医療裁判を任せると弁護ミスにあう危険があるため注意が必要です。

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医療コラム『医療裁判の現状』

医療裁判の件数

医療裁判の件数は,最高裁判所の統計資料によると,一時増加傾向にありましたが,平成16年の1110件をピークに減少し,平成21年に732件まで減りました。その後,また増加傾向に転じ,平成28年には878件となっています。平成16年を境に医療裁判数が減少した理由として考えられるのが,平成16年12月17日に起きた福島県立大野病院事件です。帝王切開術で患者が亡くなった事件で,執刀した産婦人科医師は,平成18年2月18日,業務上過失致死の容疑で逮捕されました。福島地方裁判所は,平成20年8月20日,産婦人科医師に無罪判決を言い渡しました。医療事故で医師が逮捕されたことに医療の現場は大きな衝撃を受けました。大野病院事件の問題点は,医療事故を刑事事件にしたことですが,刑事裁判で産婦人科医師の無罪が確定すると,民事の医療裁判にまで医療を萎縮させるという批判が高まり,医療裁判数の減少と原告患者側の勝訴率(認容率といいます)の激減に繋がりました。              

患者側の勝訴率

患者側の勝訴率は,平成12年の46.9%が最も高く,平成16年まで40%前後で推移していましたが平成18年には35.1%,平成20年には26.7%まで低下し,以後20%台が続いていましたが,平成28年には17.6%になりました。通常訴訟の勝訴率80%と比べると医療裁判で患者側が勝つのがいかに難しいか分かります。

医療裁判の特徴

医療裁判の終わり方を調べた統計資料によると,平成15年からの傾向ですが,判決より裁判上の和解で終わる件数が多いのが特徴です。平成28年は,判決34.1%,和解51.1%で,判決より和解する率が高くなっています。

医療裁判で患者側勝訴率が極端に低く,和解率が高い理由は,高度の専門性が求められる専門訴訟では,裁判官が判決書を書くのが難しいことがあげられます。裁判官は,十分な医学的知識がなければ病院側の主張を排斥して患者側を勝たせる判決は書けません。その結果,患者側勝訴率は低くなり,裁判官が患者側勝訴の心証を持った場合は和解をするよう勧められます。            

しかし,裁判で和解をするのは実は,患者・病院双方に取って良い選択です。判決ですと,負けた方が控訴すれば,高等裁判所でまた争わなければなりませんが,和解ですとその場で紛争を解決することができるからです。           

医療裁判件数の多い診療科目は,内科が22.6%で最も多く,外科15.2%,歯科12.1%,整形外科11.6%と続き,産婦人科6.9%,形成外科が3.3%です(平成28年)。

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