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医療事故から身を守る患者の心構え(1)医師任せにしない

医療ドラマを見ると,主人公の医師が脳外科も心臓外科も消化器外科も,科を問わずあらゆる手術をこなしてしまうスーパードクターが登場しますが,実際は専門に特化しており何でも分かりどんな手術もできる医師はいません。医師は万能ではなく,専門以外のことはあまり詳しくないのが実情ですから,医師はなんでも知っていると思うのは大きな間違いです。また,専門分野であっても先入観を持ってしまいミスをしてしまう医師もいれば(ケース(1),ケース(2)),知識や経験がないのに診療を丸投げにされている研修医(ケース(6))やベテランなのに患者を診察しない医師もいますから(ケース(7)),患者が医師に全て任せきりにするのはとても危険です。自分の身を守れるのは自分しかいないという心構えで積極的に病気と向き合うことが大切です。

医療事故から身を守る患者の心構え(2)病気を知る

医師にお任せにしないためには,自分や家族の病気を知ることが大切です。

体調不良で病院に行くと医師に症状を伝えますが(問診と言います),緊急の処置が必要な病気なのに外見上重症感がないとか,夜間外来で専門外の医師や知識・経験の少ない研修医が当直医ですと,見落とされ手遅れになる可能性があります。そんなとき,患者に病気の知識があって典型的な症状をキーワード(例えば「前胸部の締め付けられるような痛みの持続」は急性心筋梗塞の典型症状です)を使うなどして上手に伝えられれば気が付いて貰えるかも知れません。

入院して外科手術を受ける場合は,事前に手術説明があり手術同意書に署名押捺が求められますが,患者に治療方法や手術を受けた場合あるいは受けない場合のリスク,複数の治療方法があるときは各々のメリット・デメリットなどの知識が全くないと医師から説明をされても理解できないため,治療を受けるか否か,受けるとしていつ受けるか,どの方法を選択するか全て医師に言われるがままとなり失敗されたとき後悔することになります。

不幸にも医療ミスが起きても,医学の知識がまったくなければミスだと気が付かずに終わってしまい本来受けられたはずの正当な補償を受けられない可能性もあります。

医学のことは難しくて分からないと最初から諦めてしまうのは,もはや時代遅れです。テレビ,新聞雑誌,インターネットなどに一般人向けの分かりやすい医学情報が溢れており,調べようと思えば容易に調べられる時代です。もちろん情報を取捨選択する必要がありますが,少なくとも自分の持病や,祖父母親兄弟に多い病気(家族歴と言います)についてはいざという時のために日ごろから典型的な症状,治療方法,複数の治療方法があるときは各々の方法のメリット・デメリットやリスクなどを調べておくべきです。

少し注意すれば防げたような医療事故は敵(病気)を知って己(持病・健康状態)を知れば,百戦危うからずとまでいかなくても,医師にお任せにするよりは格段に事故を防げるでしょう。

医療事故から身を守る患者の心構え(3)我慢しない

患者の顔を一目見ただけで病名が直ぐ分かる,というのはテレビドラマや映画の中だけの話です。患者の見た目が元気そうで重症感がないとか,病気に典型的な症状が揃っていないなどの場合,本当は直ちに入院加療が必要なのに医師が異常なしと判断して帰宅させてしまい手遅れになることが少なくありません。一般に,体調が本当は酷く悪いのに病院に行くと緊張するのか元気そうに振る舞ってしまったり,医師に「大丈夫です。」とか「良くなってきました。」などと心にもないことを言ってしまうことがありますが,これでは自分で自分の身を危険にさらすようなものです。医師に病気を見落とされないためには,とにかく我慢しないことが大切で,自分の症状を正しく医師に伝える努力をしなくてはなりません。こと病気については我慢強い方が損をすることが多く,多少大げさなくらいが丁度良いかも知れません。それでも医師から異常なしと言われてしまったときは,自分の体調がいつもと明らかに違い異常だと分かるのは本人だけですから,普通ではないと感じたら例え医師に緊急性がないと言われても鵜呑みにせず入院を強く要請するとか,専門病院を受診するとか,帰宅後症状が悪化したときは救急車を呼ぶなどするべきです。

折角手遅れになる前に病院にかかったのに医師に症状を上手く伝えられず病気を見落とされ,自分の直感を無視し我慢したばかりに命を落としてしまう医療事故は後を絶ちませんが,直ぐ治療していれば助かっていただけに本人にも遺族にも悔いが残ります。

■医療事故から身を守る患者の心構え(4)コミュニケーション力を磨く

入院中の場合,原疾患と異なる病気の発症(ケース(6))や術後管理不足(ケース(7)),看護不足(ケース(3))から患者が急変したのに医師や看護師に見落とされ命を落とすケースがあります。この場合,患者や患者の家族が自力で医療事故を防ぐのは難しいですが,常日頃医師・看護師と良好なコミュニケーションをとり,定期的に診療経過の説明を求め,説明が分からなければ患者側から積極的に質問し診療について共通認識を持てるようにすることで患者が放置されることは防げる可能性があります。病院は少ない人数で多数の患者を診ているので意図していなくても結果的に患者が放置されることは避けられないことですが,良好なコミュニケーションをいつもとっている患者家族は医療従事者から自ずと関心を持たれ異常に気が付いて貰える確率は高まるでしょう。

高齢者は放置!?術後管理不足により死亡した事件

患者は80代女性,胆のう摘出術を受けた後ショック状態に陥りましたが放置され処置の遅れから死亡した事件です。

患者は,胆のう結石症による胆のう炎の診断で相手方病院に入院し,腹腔鏡下胆のう摘出術を受けました。術後,呼吸状態が悪く尿量も少なく収縮期血圧が60台に低下し患者はショック状態に陥っていましたが,看護師が何度主治医にドクターコールをして報告しても,主治医は患者を診察せず,ショックに対する措置は講じられませんでした。患者はショック状態に陥ってから20数時間放置され,患者家族が見舞いに訪れたときにはナースステーションから最も遠い病室に置かれ低血圧でモニターのアラームが部屋中に鳴り響いている状態でした。家族は,看護師に直ぐに救急措置を実施するよう何度も求めましたが,看護師は「先生に報告しています。」と答えるのみで何の処置もされず1時間半ほどしてようやく医師が昇圧剤の点滴を開始しましたが患者の呼吸状態は更に悪化し下顎呼吸となり,家族はこの病院に置いておいては患者を死なせてしまうと考え,家族の要請で大学病院の救命救急センターへ緊急搬送されました。転院時,患者は腹膜炎による敗血症性ショックに播種性血管内凝固症候群(DIC)を併発した重篤な状態に陥っており,後医で手厚い治療を受けましたが敗血症により亡くなりました。

専門医に過失調査を依頼

患者家族は,患者が治療目的で手術を受けたのに,腹膜炎による敗血症性ショックにDICを併発した状態になるまで放置され処置の遅れから死に至らしめたことに憤り,相手方病院に対し,術後管理義務違反を理由に損害賠償を請求しました。これに対し,病院側は,過失を否定したのみならず,患者はもとから重篤な胆のう炎があり,術後の対応の如何に関わらず敗血症による死亡は避けられなかったと主張して治療行為と死亡との因果関係も否定しました。そこで第三者である消化器外科の専門医に腹腔鏡の手術動画,病理解剖報告書を含む全ての診療記録を調査して頂いたところ治療行為に不適切な点があるのみならず不適切な治療と死亡との間の因果関係も明らかという結果が得られました。調査のポイントは,(1)手術に手技上の過失はあったか,(2)術後管理に問題はあったか,(3)術前に重篤な胆のう炎が存在したかの3点です。専門医の意見は,相手方医師は手術操作の際,胆のうを穿孔し膿性胆汁を流出させてしまいましたが,これ自体は手術の合併症であって手技上の過失ではないが(1),その後の洗浄不足・ドレナージの不備,及び,術後管理不足が過失であり(2),術前には病院が主張するような重篤な胆のう炎は存在せず,適切な術後管理がなされていれば患者が死亡することはなかった(3)という結論でした。

紛争を大きくする病院ないし病院弁護士

第三者である消化器外科医による医師意見書を提出し,相手方病院の説得を試みましたが,病院側は過失・因果関係を認めなかったばかりか,こともあろうに,転院させなければ救命出来た可能性が十分あったのに転院先の救命救急センターの治療が不適切だったせいで患者は死亡したと反論してきました。術後患者が危篤状態に陥ったのは自分たちの診療行為が原因なのに,治療が難しい患者を引き受けてくれた後医に医療過誤の責任を転嫁するとは信じがたい暴挙です。そのようなことをすれば,以後後医である大学病院は,相手方病院からの患者依頼を引き受けてくれなくなることが分からない病院あるいは病院弁護士は愚かとしか言い様がありません。医療事故で紛争を大きくするのは,実は病院や病院弁護士であることを示す良い例です。

■示談までに3年以上

相手方病院が,過失・因果関係を認めないため,更に第三者である複数の消化器外科の専門医に再反論の医師意見書を作成頂いたほか,後医である救命救急センターの医師に医療照会(患者の病状に関する質問書を送り回答を依頼すること)を行い医療照会回答書を作成して頂いて相手方病院へ提出したところ,交渉に3年以上かかりましたが最終的には3000万円で示談することができました。

この事件で裁判を回避し示談による円満な解決に至った決め手は,第三者である消化器外科の専門医の医師意見書と後医である救命救急科医師の医療照会回答書でした。医療事件は素人が手ぶらで闘っても交渉は上手くゆきませんが,専門医による詳細な過失調査を経て医学的問題点を明らかにすることにより早期円満解決に繋がることが多いです。同業者から誤りを指摘されるのが一番辛いといえましょう。

示談に3年以上かかっているのにどこが早期解決だと叱られそうですが,医療事件では交渉に3年かかることは珍しくありません。特に損害賠償額が高額になるほど時間がかかります。示談交渉が不調に終わった場合,提訴して裁判に2〜3年かかることを考えれば3年かかっても示談がまとまれば早期円満解決と言っても許されるのではないでしょうか?

高齢者は見殺し?

法律相談で,遺族から高齢の親が病院で見殺しにされた,というご相談を受けることが多いです。老衰で亡くなっており医療過誤とは言えない場合が殆どですが,中には患者が高齢者であるために放置されたケースもあります。本件のように,高齢の患者であっても手術をするということは生かす目的の治療ですから,術後管理は患者の年齢にかかわらず適切に行う必要があります。本件患者の看護記録には,看護師が主治医にドクターコールをし,血圧が60台に低下し尿量が少ないと報告したところ医師が「『もうそのままだね』と答えて指示を出さなかった。」とあり,数時間後,再度看護師がドクターコールして血圧60mmHg/30mmHgで声をかけても反応がなく尿が出ていないと報告しましたが,「『あとで行くから』と答えて指示を出さなかった。」と記録されており,主治医が患者の治療を放棄していたことが分かります。医師が,患者の状態が悪くなったことを知りながら診察をしないのであれば,なんで手術をしたのかと思います。手術をして治療費を得るのが目的だったのでしょうか。看護師は,医師の態度がよほど腹に据えかねたのか看護記録に記録を残しましたが,看護師も患者がショック状態に陥っており救命措置が必要であることを知りながら主治医に報告しただけで何の措置も講じず患者を放置していますので,患者を看護すべき注意義務に違反しているといえます。           

患者が高齢者の場合,本当はあってはならないことですが,現実には医療従事者の中に高齢だから亡くなっても仕方ないという暗黙の了解のようなものがあり放置するケースがあります。高齢の患者にとっては恐ろしい話ですが,放置されないためには,患者や患者の家族が医師・看護師とできる限りコミュニケーションをとり,入院加療の目的が「看取りではない」ことをはっきりと伝えることが大切です。

主治医についての後日談

本件の主治医は,事故当時外科部長の立場にありベテランの医師でした。事件の解決の為,複数の消化器外科医に過失調査と医師意見書の作成を依頼したのですが,相談した医師の中に偶々本件の主治医を知っている医師がいました。どんな医師か尋ねたところ,若い頃は仕事熱心な優秀な外科医だったと言われました。そんな医師がなぜ患者の診療を放棄する医師になってしまったのかと残念に思いました。

脳塞栓症再発の見落としにより死亡した事件

患者は脳梗塞で入院中脳梗塞を再発しましたが,主治医の研修医が見落とし処置の遅れから脳ヘルニアにより死亡した事件です。

患者は60代男性,脳梗塞・心房細動・高脂血症の既往があり相手方病院に定期通院しワーファリンによる抗凝固療法を受けていましたが,自宅で脳梗塞を起こし相手方病院へ救急搬送されました。患者は,受診時,右共同偏視,左片麻痺があり,MRI検査で右中大脳動脈閉塞による右大脳半球の広範囲な梗塞が認められ,心電図上心房細胞が見られたことから心原性脳塞栓症の診断で神経内科へ入院となりました。入院中ワーファリンは投与されず,患者は順調に回復していましたが入院1か月ほどしたある日,看護師が来室すると意識不明の状態に陥っており右麻痺や呼吸状態の悪化が出現していました。主治医の研修医が指導医に相談したところ,指導医は直接患者を診察することなく主治医の話のみから症候性てんかんの疑いと判断し,主治医が経過観察にしていたところ患者は24時間後病室で心肺停止状態になっているところを看護師に発見され間もなく死亡しました。

死亡原因を調べるため頭部CT検査を実施したところ,左大脳半球に広範囲な梗塞巣が認められ,正中偏位著明で左側脳室・脳溝が消失した脳ヘルニア所見が認められ脳ヘルニアのため呼吸停止に至ったことが判明しました。

脳ヘルニアで死亡した原因

脳は,脳梗塞などの病変により脳浮腫(むくみ)を生じますが,頭蓋骨で囲まれスペースがないため脳腫脹が進んで頭蓋内圧が亢進すると脳組織が隙間に向かって押し出されます。組織が押し出された状態をヘルニアといい,脳組織が呼吸中枢を圧迫すると死に至るため見落としてはならない重要な病態とされます。

第三者である脳外科医に本件の過失調査をお願いしたところ,患者の脳ヘルニアは,左内頸動脈へ心原性脳塞栓症を生じたが,医師が症候性てんかんと誤診し治療・患者管理を誤ったため急速に脳腫脹を生じたことが原因とのことでした。通常,脳塞栓症発症後の脳腫脹は3〜5日後にピークとなりますが,本件では発症翌日に脳ヘルニアに至りました。通常より悪化が早かったのは,脳浮腫対策や呼吸管理が行われなかったことが原因です。主治医は,脱水状態と考えて点滴量を多めにしたのですが,脳浮腫対策を考えると逆に点滴を少量にし,グリセロールなど頭蓋内圧を下げる点滴を行う必要がありました。また患者が呼吸不全に陥っていたのに酸素が投与されず,舌根沈下に対する気道確保も行われませんでした。そのため換気量不足から血中二酸化炭素が増え脳腫脹を加速させたのでした。

■どのような過失があるか(1)主治医の検査・診断義務違反

主治医は,患者を入院させた後,抗凝固療法(ワーファリン投与)を実施しなかったのですから患者の症状から当然脳梗塞再発の可能性を考え,CT検査で脳出血でないことを確認したら症候性てんかんと脳梗塞再発を鑑別するためMRIの拡散強調画像(DWI)撮影を実施して脳梗塞の診断をなし,脳浮腫対策・呼吸管理等の治療を直ちに開始すべきでした。

ところが主治医は,患者の脳梗塞再発の症状を見落とし,鑑別に必要な検査を実施せず,症候性てんかんの疑いのまま経過観察とし患者を死に至らしめてしまいました。

■どのような過失があるか(2)研修医の指導医の監督責任

医学部卒業後2年間は,研修医は臨床研修プログラムに沿って各科をローテ−ションします。本件の主治医は,卒業後2年目で,神経内科に配置されたばかりの知識も経験も少ない研修医でしたが,診療録によると回診や病状説明に指導医が立ち合うこともなく患者の診療は研修医にほぼ丸投げの状況でした。患者は重篤な状態にあり指導医は主治医と一緒に患者の診察に当たるべきでしたが指導医は患者が脳梗塞を再発し急変した後も直接診察することはありませんでした。このような場合,研修医一人を責めるのは正しくなく,指導医・科長・院長が臨床責任を負うべきと考えます。

どのような過失があるか(3)看護義務違反

患者は,看護師に心肺停止の状態で発見されました。患者はモニター(心拍監視装置)を装着中でしたので徐脈になった時点でアラームが鳴ったはずですが,看護師がアラームを切っていたかアラームを無視したかのいずれかにより心肺停止に気付かず,心肺蘇生措置の遅れが原因で心肺再開を得られませんでした。           

仮に看護師の過失がなく,直ちに蘇生できたとしてもこの時点では数日程度の延命しか期待できませんでした。しかし患者家族にとって,たとえ数日であっても延命できるか否かは大問題です。            

医療従事者は,どうせ助からないからと放置してはならず,もし自分の家族だったらという気持ちを忘れないでいて欲しいものです。

どのような過失があるか(4)説明義務違反

本件では,出血性梗塞,脳塞栓症再発の危険,それらに伴って死亡する危険性があることを患者家族に十分説明する必要がありましたが診療録には一切記載が無く説明が不十分であったと思われます。また知識も経験も浅い研修医では患者家族が納得する説明をするのは難しく,指導医が立ち合って説明を補足する必要がありましたが指導医は立ち合いませんでした。しかも,脳梗塞を再発して急変した後も,患者が死亡した後も家族に十分な説明がなされず,診療録にも記載がありませんでした。

このような医師らの対応が,患者の家族に不信感を与え,紛争に繋がるきっかけとなった可能性は否めません。

交渉経緯

この事件は当初別の弁護士が示談交渉を行っていましたが上手くいかず患者家族の依頼を受け途中から受任しました。患者が亡くなった後,主治医が患者家族に対し,「ワーファリン投与を忘れていた。」と説明したため,家族も前任の弁護士も入院中ワーファリンが投与されず脳塞栓症を再発させたのが過失だとして病院側と争っていました。

しかし,ワーファリンを投与しなかったことは過失ではなく,争点を間違えたため交渉が上手く進まなかったのでした。本件では,出血性梗塞を生じるリスクがあり,また入院中肝機能障害もみられたことからワーファリンを中止したことは正しい判断でした。ただし,主治医である研修医は,そのように判断してワーファリンを投与しなかったのではなく,全く念頭になかっただけだったようです。もし出血のリスクや肝機能障害が理由でワーファリンを投与しないのであれば,医師は患者家族に対し,ワーファリンを投与しない理由,及び,投与しないことにより脳梗塞を再発する危険性を説明すべきでしたが説明はなされませんでした。

病院側は,当初,重症の脳梗塞に致死的脳梗塞が続発しており直ちに抗脳浮腫対策を実施しても救命は不可能だったとして一切の過失を否定していました。しかし,第三者である脳外科医の医師意見書を提出の上,上記病院側の過失を指摘したところ,患者家族への説明が不十分であったと説明義務違反の点を認め慰謝料500万円で示談に至りました。

医療事故を巡り病院側と多くの示談交渉を経験して思うのは,紛争を裁判にせず早期円満に解決するうえで,同業者からの指摘が最も重いということです。第三者である専門医が診療記録・画像記録等に基づき丁寧に分析調査して作成した医師意見書は説得力があり,病院側が調査結果を真摯に受けとめ示談がまとまることが多いです。

医療事故のケースで患者側に協力してくれる専門医を見つけるのは容易なことではありません。患者家族に協力すると医師同士で非難される場合もあるでしょう。しかし,患者・病院どちらの味方という発想ではなく,医療紛争を早期円満に解決できるのは医師しかいないことを医師にご理解頂き積極的に協力くださることを願ってやみません。

同業者から見て明らかな過失を過失であると明確に指摘することが事故の再発防止に繋がり,より良い医療の維持発展に役立つと考えます。

脳卒中,脳梗塞と脳塞栓の違い

脳梗塞・脳出血・くも膜下出血など脳血管の異常で起きる病気を脳卒中といいます。脳梗塞には,脳血栓と脳塞栓があり,脳血栓は脳血管に生じた血栓により脳血流障害が生じるもの,脳塞栓には,心臓にできた血栓が脳血管を閉塞する心原性脳塞栓症と内頸動脈などの血栓が脳血管を閉塞する動脈原性脳塞栓症があります。

心房細動,弁膜症や心筋梗塞など心臓に病気を持っている人は心臓に血栓ができやすいことが知られており血栓が心臓から出て脳血管を詰まらせると脳塞栓起こします。そのため,予め血液をさらさらにするワーファリンなどの薬を服用し血栓の発生を防ぎます。

本件の患者も心房細動の持病がありました。

注腸造影検査中の腸穿孔事件

患者は50代男性,勤務先の定期健康診断で便潜血反応が陽性となり,大腸癌の精密検査を受ける目的で相手方病院を受診し,注腸造影検査を受けることになりました。注腸造影検査は,肛門から細い管を入れ造影剤(バリウム)と空気を注入し大腸の輪郭をレントゲンで撮影し腸壁の変形など異常がないか調べる検査です。診療放射線技師が肛門から管を入れる際,大腸を穿孔し大腸に入れるはずのバリウムを骨盤内へ注入してしまいましたが,技師も検査後レントゲン写真を見た医師も大腸を穿孔してバリウムを骨盤内に注入したことに気付かず患者をそのまま帰宅させました。患者は,技師が肛門から管を挿入したときから激痛が続いていましたが,注腸造影検査を受けたことがなかったのでこんなものかと我慢して帰宅したのですが,痛みは増すばかりで眠れない夜を過ごしたそうです。翌日救急搬送された患者は,バリウムによる急性汎発性腹膜炎を起こしており,直腸切除及び人工肛門造設の緊急手術となりました。

穿孔性腹膜炎の内,注腸造影検査により生じるバリウム腹膜炎は最も重篤で腹腔内へ漏出したバリウムは腹膜全体に付着し細菌感染を助長するため予後が不良で,死亡率22.0%と報告されており(1)~(3),患者が手遅れにならずにすんだのは不幸中の幸でした。九死に一生を得た患者でしたが,もし,患者が検査の後,痛みを我慢しないで医師に痛みを訴え原因解明を強く求め,時間を置かずに腸穿孔によるバリウムの骨盤内注入が発見されていれば,症状も後遺障害もより軽かった可能性があります。本件は,患者が,我慢強かったばかりに損をしてしまいました。こと病気に関して患者は,多少大げさなくらいが丁度良く,痛みや異常は患者が医師にはっきり伝えないと見落とされ手遅れになる危険があることに注意が必要です。

(1)清水輝久,下山孝俊,中越享他:バリウム腹膜炎症例の検討,腹部救急診療の進歩8:419-422,1988(バリウム注腸造影検査により生じたバリウム腹膜炎9例の報告)
(2)池沢輝男,長谷川洋,前田正司他:Barium Peritonitisの2治験例,日臨外会誌44:1477-1482,1983(注腸造影の際,直腸憩室を穿孔しバリウム腹膜炎を生じた症例,及び,胃透視の際,十二指腸球部前壁を穿孔しバリウム腹膜炎を生じた症例)
(3)安藤勤,大塚敏広,原田雅光他:転移性肝癌と鑑別が困難であった炎症性肝肉芽腫の1例,日臨外会誌62:1481-1486,2001(バリウム注腸造影検査で腸穿孔しバリウム腹膜炎を発症,バリウムが肝内へ侵入し炎症性肝肉芽腫を生じた症例)

注腸造影検査で穿孔を生じる原因

注腸造影検査で腸管穿孔を生じる原因は,大腸穿孔では,注腸造影時のカテーテルの先端による腸管壁の直接損傷や,バリウムや空気による腸管内圧の上昇によるものが殆どとされます。胃透視後の大腸穿孔では,大腸癌・大腸憩室等の基礎疾患が存在し腸管壁が脆弱な場合や,硬いバリウム糞便塊の停滞・通過に腸管内圧上昇が加わった場合に起こることが多いとされます(1)。 

実は珍しくない?消化管穿孔事故

医学文献を調べると検査の際の消化管穿孔は稀だと書かれていますが,医原性疾患(診療行為が原因で発生した病気)なので報告されることが少ないだけで,実際は稀と言うほど珍しくはないようです。過去の裁判例でも大腸内視鏡検査で医師が大腸を穿孔したケース (1),看護師が高圧浣腸した際大腸を穿孔したケース(2) ,腸内に滞留したバリウムでS状結腸に穿孔を生じたケース(3)等があり,いずれも患者が勝訴しています。
(1)神戸地裁判決平成16年10月14日: 国際線の機長(50代男性)が定期検診の大腸内視鏡検査の際,医師の過誤により大腸に穿孔を生じ,治癒して復職しましたが航空会社の内部規制により国際線乗務が禁止され減収を来たしたケースで,高額の逸失利益認められ損害賠償金4989万9528円が認容されました。
(2)高松高裁判決平成19年1月18日:患者は60代女性,看護師が大腸検査の前処置として高圧浣腸をした際,手技上のミスで大腸に穿孔を生じ人工肛門造設を余儀なくされたケースで,損害賠償金2928万9511円が認められました。
(3)大阪高裁判決平成20年1月31日:患者は60代男性,胃透視検査後,腸内にバリウム便が滞留しS状結腸憩室壁が穿孔したケースで,損害賠償金404万3421円が認められました。このケースでは後遺障害が否定され,また憩室はもともと穿孔の危険性が高いとして患者の身体的素因が考慮され損害額全体から30%減額された結果,賠償額が低くなっています。
【註】憩室:腸管等の臓器の壁がポケット状に落ち込んで生じた部分をいい,その発症頻度は加齢と共に上昇し,高齢者では左右大腸に発生するなど多発例が増加する。多発するものを憩室症というが,憩室症が特別な症状を示さず,特に治療の対象とならない場合も多い(判決文より引用)。

事件の特殊性と問題点

患者は,大腸癌の精密検査を受ける目的で注腸造影検査を受けたのに事故に遭ったため結局検査を受けることができませんでした。穿孔した腸管から骨盤内に注入されたバリウムは大量の温生理食塩水による腹腔内洗浄を行いましたが,完全には除去できず一生残るためレントゲン検査もCT検査もできなくなりました。バリウムの影響で検査を実施しても全体が白く写って骨盤内の状態を観察することができないからです。また,異物であるバリウムは強い炎症性変化を引き起こすため骨盤内炎症が治ることなくその影響で腸管が狭窄し内視鏡検査もできなくなりました。癌の精密検査目的で受けた検査でしたが,検査中の事故のせいで,今後癌を始め疾病の早期発見ができなくなってしまったのです。

更に,将来癌になっても残留バリウムによる骨盤内炎症の存在で創傷が治らないため手術は困難であり,患者は将来の不測の事態への不安を感じながら生きていかなければならなくなりました。

不測の事態を金銭的に評価することができないため,示談交渉では,病院に対し不測の事態が起きた場合の治療保証条項を和解書に入れるよう要請しましたが病院が応じず,やむなく示談成立後不測の事態が生じたときは別途協議する旨の条項を和解書に入れるよう要請しましたが,それにも病院が応じなかったため,現時点で算定可能な賠償額で示談せざるを得ませんでした。

このような示談をしても,示談当時予想できなかった再手術や後遺症が後日発生した場合には,被害者はその損害賠償を請求できるとする判例がありますが(最高裁昭和43年3月15日判決),不測の事態が起きたとき患者が裁判を起こさなければならないのは大変な負担ですので,事故を起こした病院の誠実な対応が望まれます。

 

夜間救急外来で不安定狭心症が見落とされ翌朝心筋梗塞で死亡した事件

患者は50歳男性,働き盛りのサラリーマン,数日前から胸痛・背部痛を覚えるようになり,痛みが酷くなったため仕事帰り,夜間救急病院を受診しました。当直医はベテランの外科医で,患者の症状から心筋梗塞と大動脈解離を疑い心電図,胸部レントゲン,胸腹部造影CT,血液検査を実施しました。CT検査の結果,大動脈解離を示唆する所見なく,心電図検査の記録紙に異常の心電図ST−T異常と印字されていましたが,医師は心筋梗塞に特徴的な波形が見られなかったことから緊急性がないと判断し患者をそのまま帰宅させました。患者は帰宅後も胸痛を訴えていましたが,医師から心筋梗塞ではなく緊急性がないと説明されたため我慢していたところ,翌朝,ベッドの脇で上体をのけぞらせた状態で死亡しているのを家族に発見されました。解剖の結果,死亡推定時刻は午前4時ころ,死亡原因は急性心筋梗塞でした。

■不安定狭心症は心筋梗塞の一歩手前の状態

病院が,外科医の診断に問題はなかったと過失を争ったため,第三者である循環器科医に診療録と検査結果を分析して貰ったところ,心電図の異常は明らかで患者は救急外来受診時,不安定狭心症という心筋梗塞の一歩手前の状態にあり,外科医が循環器科医に連絡し入院させるか,循環器専門病院へ転院させていれば患者を救えたことが分かりました。

病院は,第三者である専門医の医師意見書の内容を真摯に受けとめ,過失・因果関係とも認めたため遺族との間に示談が成立しました。

■狭心症と心筋梗塞の違い

心臓は,周囲を冠動脈という心筋に酸素や栄養素を供給する血管で取り巻かれています。狭心症は、冠動脈の血管が狭くなり心臓へ送る血流量が少なくなって心臓が一時的に酸欠状態となって胸痛発作を起こすものです。心筋梗塞は、冠動脈の血管が完全に閉塞して,心筋が壊死してしまう状態で胸骨下部ないし左前胸部を中心とした激烈な疼痛が30分から数時間持続します。

急性心筋梗塞の死亡率は30%程で大半は病院へ到着する前に死亡しますが,病院へ到着できた症例の死亡率は10%未満とされます。

この事件の患者は,心筋梗塞になる前に病院に到着していますから,当直医が不安定狭心症の診断を誤らず入院させ適切な治療をしていれば患者は死なずにすんだのです。

狭心症にもいろいろある!?

狭心症の診断で重要な点は,直ちに緊急処置が必要な不安定狭心症の鑑別診断です。安定狭心症は,狭心症発作の誘因や頻度が変化せず,一定以上の労作で生じる狭心症で緊急性はありません。これに対し,不安定狭心症は,狭心症発作の誘因が変化し頻度が増すなどの増悪性変化を認め,急性心筋梗塞や突然死に至る可能性が高い重症の狭心症で入院が原則です。

この事件の患者は受診時不安定狭心症の状態ですから,診察した当直医が循環器科医に相談するか循環器専門病院へ転院させていれば命が助かったのですが,当直医は,急性心筋梗塞と連続線上にある不安定狭心症が全く念頭になく,心筋梗塞ではないから緊急性がないと誤った判断をして患者を帰してしまいました。

患者がもし自宅で救急車を呼んでいたら助かっていたかも知れません。しかし,当直医から緊急性がないと告げられたため,痛みを我慢してしまいました。夜間救急病院を受診したことで救急車を呼ぶチャンスを奪われる結果となりました。

■患者になったときのポイント!

当直医のベテラン外科医は,若いときに不安定狭心症を勉強したはずですが,専門外の事に疎くなるのが世の常で,すっかり忘れていたようです。一般の方は,医師ならなんでも知っていると思いがちですが,専門外のことは殆ど知らないと考えたほうが良いです。ですから,医師にお任せにしてはいけないのです。自分の身を守れるのは自分だけですから,未だかつて経験したことのないような異常を感じたら自分の直感を信じ,医師に遠慮をしないで入院や転院を希望するなり救急車を頼むなりした方が良いです。

本当は体調が酷く悪いのに診察のとき緊張しているためか医師に「大丈夫です。」などと言ってしまいがちですが,顔を見ただけで病名が分かる医師は映画やテレビの中だけで,実際は重症感があるとか,典型的症状を訴えるなどしないと重大な疾患が見過ごされてしまいます。診察のときは,大げさなくらいが丁度良く,我慢をしないで症状を伝える努力をすべきです。もし持病があれば日ごろから典型的症状を調べておいて,診察のとき伝えられれば医師の見落としは減るかも知れません。

直感を信じることの大切さ!

循環器疾患の医療ミスのケースで,もう一つ患者が直感を信じていたら助かっていた事件を紹介します。患者さんは50代男性,メタボ体型でしたが健康に対する意識は高く,毎年一泊二日の人間ドックを受診していましたが循環器の異常を指摘されたことはありませんでした。患者は,最後の検査から11か月後に心筋梗塞で死亡しました。不信に思った家族が人間ドックの検査結果と心電図を取り寄せ第三者である循環器科医に調べてもらったところ,3年前から毎年心電図の異常が見落とされていたことが分かりました。協力医によれば,患者が精密検査を受け経皮的冠動脈形成術,ステント留置術などの治療を受けていれば心筋梗塞で死ぬことはなかったとのことでした。家族の話では患者は亡くなる数日前から胸痛が続き,前胸部の重い感じ,背部痛があり肩もこると訴えていましたが人間ドックで毎年循環器は異常なしと診断されていたのでまさか心筋梗塞になるとは夢にも思わなかったそうです。家族は,人間ドックで異常なしと診断されたことで,患者が循環器科を受診する機会が奪われたことを悔やんでおられました。

患者本人も,異常を感じていたようですが,人間ドックで異常が指摘されなかったことで循環器に問題は無いという先入観を持ってしまったことが不幸な結果に繋がりました。大切なのは,自分の直感を信じることです。たとえ人間ドックで正常と診断されても,異常を感じたら放置せず専門の医療施設で精密検査を受けたほうが安心です。精密検査の結果,異常がなければ安心して過ごせますから無駄にはならないのではないでしょうか。

看護師のうっかりミスで寝たきり状態に!

新聞に報道された看護師のうっかりミスを紹介します。患者は74歳女性,地方の病院でうっ血性心不全及び弁膜症と診断され,治療目的で都内の大学病院心臓血管外科に入院しました。患者は,強心剤を持続投与する必要があり点滴注射がされていました。来室した看護師が,強心剤の残量が少なくなっているのに気が付き,点滴の交換をしようと点滴装置の残量不足を知らせるアラームのスイッチを切ってアラームを鳴らなくしたのですが,他の用事で点滴を交換するのを忘れてしまい強心剤の投与が数十分間中断してしまい患者は,低血圧によるショック状態に陥り心臓の機能が更に低下し寝たきりとなってしまいました。 

■病院の対応−新聞の読み方

新聞には,患者家族は,「病院は点滴の電源を切ったことは認めており,過失は明らかだ」として損害賠償請求訴訟を起こす方針で,業務上過失傷害容疑での刑事告発も検討中(日経新聞平成28年6月10日),と書かれていました。このことから事故後,病院側が患者に対する損害賠償を拒否していることが分かります。病院側が,患者さんに損害賠償をするつもりがあれば示談交渉を進めるので訴訟(裁判)を起こすという話になりません。訴訟を起こす方針と言うことから病院側が示談交渉に応じず患者家族に裁判をやるならやってみろといった対応をしていることが窺えます。更に,刑事告発も検討中ということは,病院ないし病院が頼んでいる弁護士の患者家族に対する対応がよほど酷いことが推測されます。病院側,医師・看護師らが患者家族に謝罪し真摯に対応していれば,通常医師や看護師を刑事告発するということにならないからです。

ですから,新聞に明らかな医療ミスなのに患者家族が損害賠償請求訴訟を起こす方針と書いてあったら病院側が医療ミスを争っていることが分かり,刑事告発と書いてあれば相手方病院は医療ミスを起こしても患者家族に補償せずかなり酷い対応をしていることが分かります。もっとも,患者側弁護士に問題があって裁判になることはあります。

■本件のポイント!

この事件で,病院は,看護師が点滴の電源を切ったことは認めています。病院に過失があるのは明らかなのになぜ患者家族は損害賠償請求訴訟を起こさなければならないと思いますか? 

このようなケースで病院は,過失は認めるけれど発生した損害と過失との間に因果関係がない,つまり患者さんが寝たきりになったのは点滴の中断が原因ではないから損害賠償責任を負わないと説明しているものと考えられます。

医療裁判では,患者側が病院側の過失の具体的内容及び発生した損害と過失との因果関係の両方を立証しなければならず,立証責任を負っている方が立証できなければ負ける仕組みになっています。逆に言えば,損害賠償請求可能な法的意味での過失とは,発生した損害(死亡や後遺障害等)との間に因果関係のある過失のうちで立証可能なものと言えます。ですからたとえ病院が医療事故を起こしても寝たきりになった原因と全く無関係なら補償は受けられない可能性があります。

入院中の窒息死事件③−救急対応できない医師!

気管切開を受けた患者の痰が硬く吸引できない状態が続き,看護師の痰吸引中カニューレが痰で閉塞し,看護師が医師を直ぐ呼んだが医師の処置の遅れから植物状態になった事件です。患者は,70代男性,悪寒・発熱を訴え受診し髄膜炎の診断で声帯不全麻痺が見られたため気管切開を受けました。看護記録を見ると「痰が硬くて吸引できない」,「痰詰まりに注意」と連日書かれ,次第に患者が呼吸困難を訴えるようになり痰の貯留・気道狭窄を示す異音が聴取されている様子が記録されていますが,なんの対策もとられず,気管切開術後7日目,看護師が痰吸引をしたところ痰の塊がカニューレに詰まり窒息してしまいました。看護師は直ぐ当直医を呼びましたが,当直医は気管切開術後7日目だったためカニューレ交換に自信がなく,副直医を呼びました。副直医も直ぐ来室しましたが,やはりカニューレを交換する自信がなく上級医を呼びました。医師が3人揃って5分後に患者の呼吸が停止し心臓マッサージが開始されましたが,カニューレを抜去したのはそれから20分後で,患者は心肺蘇生しましたが低酸素脳症により植物状態になってしまいました。診療録を見ると,カニューレ交換自体はスムーズに行われており,医師が揃った時点でカニューレを交換していれば患者が植物状態になることはなかったケースです。

事故を起こしたのは総合病院で医師が揃っていながらなんで患者を助けられないのかと思います。最終的には示談がまとまりましたが,この事件でも病院側は当初過失を認めませんでした。

分かっていても何もしない看護師!?
この事件の問題点は,気管切開後の管理不足と救急措置の遅れです。看護記録には痰が硬く高粘稠で吸引しても排出できず痰詰まりによる気道閉塞の危険のあることが何度も記録され,事故前には異音がして看護師はカニューレが狭窄していることを知っていましたが,看護師たちは申し送るだけで何の対策もとらず放置しました。もし,気管切開当初からネブライザーで加湿し痰を柔らかくして排出しやすくして痰吸引を行っていればカニューレが痰で詰まることはありませんでしたし,気管切開術後1週間を経過していたのですから,医師に報告し,腕の良い医師のいる日中にカニューレ交換を実施していれば事故は起きず,当直医たちがパニックに陥って救急対応を誤ることはなかったと考えられます。
患者になったときのポイント!?

本来の病気と全く関係のない痰詰まりで窒息死しても病院は過失を認めず補償もされないのですから,患者自身で身を守るしかありませんが,痰吸引は看護師に委ねられているので患者が自分で出来ることは医師・看護師とのコミュニケーションを良好にすることぐらいでしょうか。ともかく注意すべきポイントは,①痰で窒息死することがあること,②特に,気管切開術後1週間以内が危険であることを忘れず,③痰吸引など気管切開後の看護の重要性を認識していない看護師が多いこと,④緊急対応できない医師や看護師がいることを患者が認識することです。最初に紹介したケースのように,看護師に伝言をしても医師に報告しない場合があることを考えると,もし気管切開術後1週間以内に痰が溜まって呼吸困難を感じるようになったら医師に直接対応をお願いした方が良いでしょう。

入院中の窒息死事件②−看護師のうっかりミス!

患者は,70代半ばの女性で,入院中にくも膜下出血を起こし気管切開して人工呼吸器が繋がれていましたが,気管切開術後5日目,看護師が体位変換をした際,カニューレが抜けそうになり,無造作に入れ直したところカニューレが気管ではなく皮下へ入ってしまい,誤挿入に気付かずそのまま退室したため患者が窒息死した事件です。ご遺族によると,ご遺体は,人工呼吸器から皮下に送り込まれた空気で膨れあがり大変痛ましい様子だったといいます。

最終的には示談がまとまりましたが,病院側は,当初,患者が咳き込んでカニューレが勝手に皮下に迷い込んだと弁解し,過失を認めませんでした。    

気管切開1週間以内が危ない!
長い時間寝たままですと循環障害を起こして床ずれ(褥瘡)ができるので寝たきりの患者の場合,看護師が褥瘡を防止するため定期的に体位変換を行います。気管切開をしてカニューレに人工呼吸器が繋がっている患者では,カニューレが抜けないようにカニューレを保持するか,カニューレと人工呼吸器回路の接続部を外して体位変換を行わないと人工呼吸器回路の重みでカニューレが抜けてしまうため注意が必要ですが,カニューレの抜去事故は頻繁に起きています(PMDA医療安全情報No.36 2013年3月)。

そして,看護師が,抜けたり抜けかかったカニューレをそのまま押し込んで気管ではなく誤って皮下に挿入し窒息死させる事故が起きており看護師に対し注意喚起がなされています(気管カニューレの皮下誤挿入事故/一般社団法人日本医療安全調査機構医療安全情報No.1 2012年9月)。

気管切開をして頚部に開けた孔(気管切開孔)は,時間が経つと固まってカニューレの出し入れは容易になりますが,気管切開術後1週間以内の時期は孔が固まっていないためカニューレが抜けると孔が塞がってしまい再挿入に難渋することがあるため,抜けないようにしっかり固定することが重要とされています。カニューレが皮下に迷入してしまう皮下誤挿入事故は,気管切開術後1週間以内に多く起きていますが,気管切開孔が固まっていないことが原因です。

カニューレの内部は,痰などで次第に狭窄するため定期的にカニューレを交換する必要がありますが,気管切開後1週間以内は再挿入が難しいことから,気管切開後1週間経過するまで交換しないことが多く,そのため,適切な痰吸引が行われないと貯留した痰でカニューレが詰まって窒息する危険があります。カニューレの痰詰まりによる窒息事故も,気管切開術後1週間以内に集中しており,術後一週間は特に注意が必要です。

看護師はどうすべきだったでしょうか?

本件事故は,看護師が,患者に人工呼吸器回路が繋がっていたのに不注意に体位変換をしてうっかりカニューレを抜いてしまい,そのまま無造作にカニューレを押し入れて皮下に挿入し,患者の状態を観察せず退室してしまったことが原因で起きました。

では,看護師はどのように行動すべきだったでしょうか?

看護師は,気管切開術後1週間以内の時期は,気管切開孔が固まっておらずカニューレの再挿入が困難で皮下に迷入する危険のあることを認識する必要があります。その上で,体位変換を行うときは,カニューレと人工呼吸器回路の接続部をはずして体位変換を行うか,複数の介助者でカニューレを保持して体位変換を行い,カニューレが抜けないよう注意することが大切です。術後1週間以内は皮下迷入の危険がある為,カニューレが抜けかけたり抜けてしまったときは直ちに医師を呼ぶべきです。又,カニューレから人工呼吸器回路をはずして痰吸引を行った場合や体位変換を行った場合などカニューレを触ったときは,患者の状態や人工呼吸器の表示を観察し,換気がなされていることを確認してから患者のそばを離れる必要がありました。

うっかり患者を死なせるなどあってはならないことで,いったいどんな看護教育を行っているのかと疑問に感じますが,事故を起こしたのは大学病院の附属病院でした。

■気管切開患者の入院中窒息死事件

入院中の患者さんが,元の病気と関係なく喉に痰を詰まらせて窒息死することがよくあります。窒息死事件の法律相談を年4回受け,何人かの医師に伺ったところ入院患者では珍しくないとのことでした。病院は,患者家族に急変しましたと説明し,死亡診断書には呼吸不全と書かれることが多いようです。大抵は闇から闇へ葬られますが,家族が事故だと気がついたときも,病院は基本的に過失を認めません。痰で窒息するなんて想像しただけでも恐ろしいことですが,病院に入院しているのに助からず,補償もされずに泣き寝入りとはいったい病院はどうなっているのでしょうか?

なぜ痰詰まりで窒息するの?

そもそも,なぜ気管切開患者は,痰詰まりで窒息するのでしょうか?

気管切開とは,気管に孔を空けカニューレと呼ばれる管を挿入し気道確保する方法です。重度意識障害で長期間人工呼吸管理が必要な場合の他,喉の炎症や術後など気道が狭くなって気道閉塞の危険性がある時,気道を確保するため一時的に置かれることがあります。カニューレを付けると普段痰の出ない人でも痰が増えますが,気管切開をすると自分で痰を喀出できなくなるため,痰の排出は看護師さんに委ねられます。カニューレをつけると空気が鼻を通らないので乾燥しやすく痰が硬くなります。又,術後で血液が痰に混ざると凝血痰塊が形成されやすくなります。看護師さんは,細い管をカニューレに挿入して痰吸引をしてくれますが,高粘稠性の痰は吸引しても上手く吸い上げることができず痰が排出されないまま貯留し続け,痰がカニューレを詰まらせ窒息する危険があります。

そのため,ネブライザーで加湿して痰を柔らかくして排出しやすくしたり吸引しても除去しきれないときは気管支鏡で除去する等の方法がありますが,医師や看護師の認識不足から適切な呼吸管理がなされず,痰による窒息事故が後を絶ちません。           

入院中の窒息死事件を3例,ご紹介します。

入院中の窒息死事件①−医師を呼ばない看護師!

喉が腫れたため排膿と気管切開術を受けた患者が,看護師による痰吸引中,看護師が吸い上げた痰塊によりカニューレが詰まり窒息した事件です。

患者は,70代後半の実業家男性,現役で仕事をされていた方です。ゴルフ中に喉に痛みを覚え大学病院附属病院を受診したところ頸部膿瘍と診断されました。丁度ゴールデンウイーク前で病院が長期休診になるため,2週間の予定で耳鼻咽喉科へ入院し膿を出す手術を受けることになりました。喉の手術をすると手術部位が腫れて気道が狭くなることがあるので気道確保の目的で一時的に気管切開をしてカニューレが挿入されました。喉が腫れただけの患者ですから経過は順調で,気管切開をして話せませんでしたが院内を歩き回り,見舞客の対応をしたり,ホワイト−ボードを使って仕事の指示をしたりと,いたって元気に過ごしていました。

ところが,術後5日目の夜7時30分ころ,A看護師がカニューレから痰を吸引し始めたところ窒息しそうになりました。患者の傍で様子を見ていた妻が,もう一度痰吸引をしたら患者が窒息してしまうと心配し,A看護師に医師を呼ぶように頼みました。A看護師が,先生はもう帰りましたと言うので,救命救急科の先生ならいらっしゃるだろうから呼んでと頼みましたが,A看護師は,耳鼻咽喉科の先生の許可がないと救命救急科の先生を呼べませんと答えました。そこで患者の妻が,耳鼻咽喉科の先生に電話をして救命救急科の先生の診察を受ける許可をもらってくれと頼んだところ,A看護師は分かりましたと言って退室しました。しばらくしてA看護師が戻ってきたので妻が耳鼻咽喉科の先生の許可をもらったか尋ねると,A看護師は,先生に報告したこところ度々痰を取れば大丈夫といわれたと答え,痰吸引を中断したままそのまま退室してしまいました。

夜8時55分,B看護師が来室し痰吸引をしようとしたので,患者の妻が,先ほど窒息しそうになり耳鼻咽喉科の先生への報告を頼んだことを再度確認したところ,B看護師が,度々痰を取れば固まらないと言われましたと答えたため,患者と妻は,先生がそうおっしゃるなら仕方がないとB看護師が痰吸引をするのを許しました。後で分かったことですが,いずれの看護師も耳鼻咽喉科の医師に報告しておらずナースセンターで看護師同士で申し送りをしたのみでした。患者の妻は,もし看護師が医師に報告していないことを知っていたら,けして痰吸引を許さなかったと悔しがっておられました。

さて,8時55分に来室したB看護師が痰吸引を開始したところ,途端に痰の塊がカニューレを詰まらせ,患者はベッドから転がり落ちるように飛び起き,喉を掻きむしって苦しがっていましたが次第に意識を失いよろよろと個室トイレの方の壁に寄りかかったのでB看護師と妻が患者を支え個室トイレの便器に座らせましたが,患者は意識を失い動かなくなりました。その間,B看護師は,医師を呼ばずにナースコールをし,呼ばれたC看護師は,B看護師に酸素ボンベを持ってくるよう指示しました。暫くしてB看護師が酸素ボンベを持ってきましたがボンベとカニューレの間を繋ぐ管がないのに気付きまたナースステーションに取りに戻り,それから酸素を投与しましたが,カニューレは痰が詰まって閉塞していますから酸素は通りません。それからようやくドクターコールをし,医師は数分で駆けつけましたが,患者は既に心停止状態で,心肺蘇生しましたが,窒息により脳に酸素が行かない状態が続いたため低酸素脳症となり約1か月後に死亡しました。

看護師は,患者が窒息しているのにナースステーションに酸素ボンベを取りに行って時間を無駄にしていますが,持ってくるべきだったのは強制換気に使う蘇生バッグと救命救急に必要な道具が入った救急カートでした。医師は,ドクターコールを受けてすぐ来室していますので,もし看護師が,直ちにドクターコールをしさえすれば患者は助かったはずです。

大学病院附属の大病院で看護師がいながら痰を詰まらせただけの患者を救えないなど,あってはならないことです。しかし,病院側は一切の過失を否定し裁判をするならやってみろという態度を取り,裁判で争うことを望まなかった妻は謝罪も何の補償も受けられませんでした。

妻は事故現場に立ち合っており一部始終を目撃していましたが,事故後の病院側の説明で看護師が口裏を合わせて嘘ばかりつくので本当に悔しかったと語っていました。

肛門直腸がん誤診事件

病理検査や大きな外科手術を出来ない病院では,検査会社や他の病院に検査や外科手術を依頼しますが,施設間のコミュニケーション不足から医療ミスが起こることがあります。

この事件では,癌ではなかったのに,肛門直腸癌と誤診され直腸を切断されたうえに永久人工肛門が造設されました。患者さんは60代女性で,市の大腸がん検診を受けたところ便潜血反応が陽性となり精密検査を受けるためA病院を受診しました。A病院で内視鏡検査が実施されましたが,特に異常は見られず直腸下部にほんの僅かな炎症が見られたのみでした。A病院の医師は,念のため炎症部から生検(検査をするため組織を採取すること)し,A病院には病理検査部門がなかったためB検査会社へ病理検査を依頼したのですが,病理検査依頼書に,本当は直腸から生検をしたのに肛門から生検したと記載しました。

B検査会社の病理医は,生検プレパラート(採取した組織を薄く切ってガラスに貼り染色液で染めたもの)を顕微鏡で観察したところ,病理検査依頼書には肛門から生検したと記載されていたのに肛門には存在しない粘液を分泌する細胞が見られたため肛門の粘液腺癌と診断しその旨の病理診断報告書をA病院に提出しました。

肛門の粘液腺癌といえば進行癌ですから,内視鏡検査ではっきり癌と分かるレベルであり,実際の内視鏡所見と整合しません。まともな医師なら病理診断結果に驚いてもう一度内視鏡検査をやり直すなり,癌の鑑別に必要な他の精密検査を実施するはずですが,A病院の担当医師は,直腸診(直腸指診,直腸内触診とも言います。医師が肛門から人差し指を挿入し感触で調べる検査です)で肛門より直ぐ上に硬く触れる部分を認めただけで癌と早合点し,患者に,A病院では手術が出来ないからC病院で手術を受けるよう勧め,肛門直腸癌の診断名を付け,手術適応と記載したC病院消化器外科宛の患者紹介状を作成しました。

C病院の医師は,A病院から手術適応と記載された患者紹介状とB検査会社の病理診断結果報告書を受け取り,A病院で癌の確定診断がなされ手術依頼を受けたと思い,術前検査で異常所見が何一つなかったのに,直腸診で粘膜下層浸潤癌(SM癌)と判断し腹会陰式直腸切断術及びS状結腸単孔式人工肛門造設術を実施してしまいました。

■医療ミスの原因(その1)なぜ病理診断ミスが起こったか?

本件は,単純な病理診断の誤りではありません。B検査会社の病理医は,ベテランのしかも高名な病理医でした。それなのに何故病理診断を誤ってしまったのでしょうか。生体を顕微鏡で観察すると組織毎に特有の構造をしています。肛門は皮膚と同じ構造で重層扁平上皮という,細胞が扁平に幾重にも重なった構造をしています。腸は,単層円柱上皮といって円柱状の細胞と腸管などの粘膜上皮に見られる粘液を分泌する杯細胞が単層に並んでいます。病理医は,病理検査依頼書に肛門から生検したと書かれているのみで生検採取部の詳しい説明やイラスト,内視鏡写真の添付もなかったので肛門から採取された組織だと誤解し,重層扁平上皮が見えると思って生検プレパラートを顕微鏡で観察したところ,肛門には存在しない粘液を分泌する細胞が見られたため肛門の粘液腺癌と誤診してしまったのです。

内視鏡所見が炎症で病理診断結果が癌と,診断結果が食い違っていたのですから,病理医は,疑問に思ってA病院に生検部位や臨床所見を問い合わせるなり,病理診断結果報告書に「癌の疑い」と記載すべきで,この点落ち度はありますが,A病院の病理検査依頼書に直腸から生検したと正確に記載されていれば病理診断を誤ることはなかったはずです。

裁判でこの病理医は,「生検の採取部位を誤認して診断することは,病理医としてあってはならないことであり,誤ると正しい診断に導かれない。」と述べておられましたが,A病院の医師が生検採取部位を正確に伝えなかったために病理診断ミスが起こってしまったのです。

■医療ミスの原因(その2)A病院の2つの大罪?

第一に,もしA病院の内視鏡検査を実施した医師が,病理検査依頼書に生検部位を正確に記載すれば,病理診断を誤ることはありませんでした。

第二に,A病院は,内視鏡検査で軽微な炎症所見しか見られなかったのにB検査会社の病理診断結果が進行癌だったのですから,病理診断結果に疑問を持ち病理医に問い合わせるなり,内視鏡検査をやり直すなり,癌の鑑別診断に必要な他の検査を実施すべきでした。もし自分の病院で検査をしないのであれば患者紹介状に「癌疑い,精査をおねがいします。」と記載すべきでした。

ところが,A病院の医師は,精密検査を実施せず直腸診だけで肛門直腸癌という確定的診断名を付けてC病院宛てに手術適応と記載した患者紹介状を作成し,それによってC病院の消化器外科医に確定診断が済んでおり手術を依頼されたと誤解させてしまいました。

■医療ミスの原因(その3)C病院の消化器外科医はなぜ手術をしたか?

C病院では,術前にCT検査,造影CT検査,骨盤部精査MRI,注腸造影検査,腹部超音波検査,血液検査を行いましたが癌を疑う異常所見は見られませんでした。医師の中から内視鏡検査を行うべきとの意見も出ましたが,A病院で実施したという理由で再検査を行いませんでした。C病院の消化器外科医は,直腸診で肛門管内に硬く触れる部分があったので,それだけでSM癌と判断し腹会陰式直腸切断術及び人工肛門造設術を実施してしまいました。切断した患者さんの直腸にはどこにも癌はなく,C病院の病理検査室でB検査会社から患者さんの生検プレパラートを取り寄せて再鏡検したところ癌ではなく病理診断が誤っていたことが分かりました。

C病院の消化器外科医は,術前検査で異常がなかったのになぜ手術をしてしまったのでしょうか?A病院の手術適応と記載された患者紹介状やB検査会社の病理診断結果報告書を見て,A病院で確定診断がなされ手術依頼を受けたとの先入観から手術を思いとどまることが出来なかったのだと思います。

他施設から患者の手術を依頼された場合でも他施設の診断内容を鵜呑みにせず,自らの施設で評価し診断すべきであり,まして腹会陰式直腸切断術は,肛門機能廃絶という重大な機能障害を残す手術ですから臨床所見と病理所見が全く整合しない場合に,確定診断をなさずにいきなり手術するのは許されないことです。

■直腸診で硬く触れた部分は何であったか?

A病院の医師もC病院の医師も直腸診だけでSM癌だと診断しましたが触って分かれば苦労はありません。術後,切除組織の病理検査の結果,術前にSM癌と診断されていた肛門管のしこりは粘膜脱症候群の所見で異常細胞は認められませんでした。粘膜脱症候群は,長い排便時間の習慣を持つ中高年者に多い疾患で直腸粘膜がたるんで脱出を繰り返し直腸粘膜が傷ついたり粘膜の血流が乏しくなって直腸に潰瘍や隆起性病変ができるもので,これ自体は排便習慣を変えれば改善するので手術の必要はありません。

医療裁判の推移について

A病院,B検査会社,C病院の3施設を被告として損害賠償を求めて提訴しました。裁判では,B検査会社が生検の病理診断に誤りがなかったと主張したため,C病院の検査義務違反の審理の前に病理診断結果が争点となりました。原告から病理医及び消化器外科医の各3通の私的鑑定意見書を提出して争いましたが,裁判官は判断出来ず,裁判所から3つの大学の医学部病理学教室へ鑑定に出され決着しました。最終的に3000万円で和解し,支払金の負担は,B検査会社が2100万円,C病院が900万円となりました。C病院には病理検査室があり術前何の異常所見もなかったのですから内視鏡検査をやり直すか少なくともB検査会社の生検プレパラートを術前に再鏡検していれば防げた事故でありB検査会社よりC病院の過失の方が重いと思いましたが,この負担割合になったのはB検査会社が裁判で病理診断の誤りを争ったためではないかと思います。

この事件でB検査会社とC病院に落ち度があるのはもちろんですが,A病院の病理検査依頼書がB検査会社の病理診断を誤らせ,A病院の患者紹介状がC病院の消化器外科医の判断を誤らせており,B検査会社やC病院もある意味A病院の犠牲者といえます。諸悪の根源はA病院だと思いますが,裁判官は,A病院の情報提供義務違反を認めませんでした。ただし,裁判官はA病院の責任を吟味した上で判断したのではなく,転勤してきたばかりで内容を把握していなかったようでした。医療裁判は,裁判長,右陪席,左陪席の合議制で行われますが,2年半で裁判官が3人とも変わり,終盤には事件を知る裁判官はだれもいなくなりました。医療裁判で患者が勝つのが難しい理由の一つは,裁判官が転勤で替わってしまうこともあります。

裁判の後日談

複数の医療機関が関与し,各施設とも誤診を見直す機会が何度もあったのに見直されなかったことが本件の最大の問題点でした。C病院ではこの事件を機に,他施設で病理検査が実施されていても,必ず自分の施設で病理検査を実施するようになったとのことで,原告患者の長く辛い闘いが事故の再発防止に繋がったことがせめてもの救いです。

患者になったときのポイント!

本件事故は,医療施設間のコミュニケーション不足と医師の先入観に原因がありました。このような事故を防ぐために患者は何ができるでしょうか?本件の患者さんは,本当は異常がなかったのに進行癌と診断されたわけですから疑問に感じたはずです。患者さんに伺ったところ,びっくりしてパニックになったと仰っていました。それでも患者さんは,医師から外科手術で一生人工肛門になると告げられたときには,人工肛門にしない方法はないかと尋ねたそうですが,医師から「手術しないと死ぬよ。」と強い調子で言われ,それ以上何も言えなくなったそうです。後悔先に立たずですが,元気そのものだった患者さんが,もし診断結果に疑問を持って,全く別の病院で検査をし直していたら事故は防げたかもしれません。自分の体は自分が一番良く知っているのですから,少しでも疑問に思ったら他所の病院で検査を受け直すのも選択肢の一つです。実際,あり得ない事故が起きているのですから,「医師にお任せ」は失敗の基です。

■左右腎取り違え事件

腎臓は,血液から老廃物を取り除いて尿として体外に排出する血液浄化を行うソラマメの様な形をした臓器で左右一対あります。

患者さんは,60代後半の男性で,右腎臓に癌が見つかったことから右腎臓摘出術を受けることになりました。ところが,手術で誤って異常のない左の腎臓を摘出されてしまったという事件がありました。医師は,摘出してから左右取り違えに気が付き,急遽大学病院に応援を要請し自家腎移植を行ったのですが生着せず,結局再度左腎臓の摘出が行われました。癌のある右腎臓まで摘出してしまうと腎臓の機能が失われてしまうことから,癌のある右腎臓をそのまま残したところ癌が肺に転移に患者さんは亡くなりました。

■左右腎の取り違えは何故起きたか?

事故の原因は,単なる不注意でした。通常,左右取り違えないよう手術室入室前に手術部位に油性マジックで印をつけることになっているのですが,この患者さんの場合,術前のマーキングが忘れられていました。手術室で看護師が手術しようとした医師たちに,「左右逆ではありませんか?」と注意しましたが,執刀医と助手の医師は,手術室のシャーカステン(フィルムを見やすくする照明の付いたボード)に貼った患者のCTフィルムを確認して「いや,間違いない。」と言ってそのまま手術を開始してしまったのですが,実は,助手の医師がCTフィルムをうらおもて逆にシャーカステンに貼ったため左右が逆になっていたのです。本当は,注意してフィルムを見れば,例えうらおもて逆に貼ってあっても間違いに気づけるのですが,執刀医も助手も気づきませんでした。

■事件の結末

この事件が刑事事件になった詳しい経緯は分かりませんが,私が患者家族に頼まれ代理人に就いたとき,執刀医と助手の医師は既に業務上過失傷害罪で送検されていました。被害を受けた患者家族は大変優しい方々で,事故が起きたことは残念だけれど,事件のせいで先生方の医師としての人生が終わりになって欲しくないとおっしゃって検察庁に医師たちが罪に問われないよう手紙や嘆願書を提出しました。事故後,医師が真摯に謝罪したので,患者家族は罪を憎んで人は憎まずという気持ちになったそうです。

結局,執刀医だけが業務上過失傷害罪で罰金刑となり,その後,厚生労働省から医業務停止1年間の行政処分が下されました。

腎臓だけではない! 手術部位の取り違え事件

手術部位の左右取り違えは,腎臓だけではありません。膝(変形性膝関節症の手術)や眼(硝子体の手術)で異常のない方を手術してしまい,結局左右両方手術されたケースがあります。交通事故などで頭部を強く打ったとき急性硬膜下血腫になることがあります。血腫量が多くて脳を圧迫して危険な場合,開頭血腫除去術といって頭蓋骨に孔を開け血腫を除く手術をしますが,血腫があるのと反対側の頭蓋骨に孔を開け血腫がないので左右取り違えに気付き反対側の頭蓋骨にも孔を開けられてしまったというケースもあります。歯科では間違って違う歯を抜いてしまうことが結構ありますが,歯の場合すぐ戻せば生着するそうです。ただ,一度抜いた歯の寿命は短くなるので着いたから良いとは言えません。

■取り違え事件は年間どの位起きているか?

取り違え事件は年間どの位起きていると思いますか?日本医療機能評価機構の報告では,事故の報告義務のある274施設と任意に報告した医療施設だけで左右取り違えが年間5件程起きています(2007年1月1日〜2010年11月30日で21件)。この他,処置する部位の取り違えが27件/年,患者の取り違えが23件/年と報告されています。日本全国の医療施設数は17万8092(平成27年)ですので,毎年同じ割合で事故が起きているとすると取り違え件数は大変な数になります。

患者になったときのポイント

左右取り違えないよう,病院は,基本的に手術室入室前に患者にマーキングを行うこととされています。もし,手術室に入る前に手術部位にマーキングがされていないときは,要注意です。局所麻酔であれば患者は自分で左右逆だと医師に伝えられますが,全身麻酔の場合は意識を失ってしまいますから,もし手術部位にマーキングがされていなかったら,麻酔前に医師,看護師に手術部位を確認するなどアピールをした方が良いかも知れません。

病院は医療事故と認めても賠償しないことがある?

医師や病院が医療事故を認めていても,それが必ずしも医療ミス(医療過誤と同じ)を認めているとは限らないので注意が必要です。法律相談を受けると,よく患者さんや患者さんの家族から,「病院は医療事故を認めているので賠償してもらえると思います。」,と言われることがあります。しかし,詳しくお話を伺ってみると,病院側は,医療事故が起きたこと自体は認めているのですが,医療ミス(医療過誤とも言います)を起こしたことは全く認めておらず賠償されないケースがとても多いです。

医療事故と医療ミス(医療過誤)はどう違う?

患者と病院でこのような行き違いがある原因は,“医療事故”という用語の意味にあります。通常事故というと何らかのミスがあったことが前提となりますが,医療事故は,過失がある場合と過失がない場合の両方を含むのでしばしば患者側に誤解が生じます。過失がない場合とは,やむを得ない合併症をいいます。例えば,耳下腺腫瘍の手術では,耳下腺の中を通っている顔面神経の温存に配慮しながら腫瘍を切除しますが,悪性度が高く癌が顔面神経や周囲組織へ浸潤している場合は,癌をきちんと取りきるためにそれらを合併切除する必要が生じます。そのため術後,手術に伴う顔面神経の損傷により顔面神経麻痺の後遺症が残ることがありますが,これは手術に伴うやむを得ない合併症であって,医療ミスとはいえませんので病院に責任を追及することはできません。

ですから,医師や病院が医療事故だと認めている場合でも,医療ミスだと認めているかを確認しなければ賠償されるかどうか分かりません。

道義的責任と法的責任

医療事故の後,患者さん,患者さんの家族や遺族が病院に対し損害賠償を求めると,病院から,「道義的責任は認めますが法的責任は認めません」と回答が来ることがよくあります。これは,過失のない医療事故,つまり「事故が起きて申し訳ないとは思うけれど過失はないから損害賠償には応じられません。」という意味です。ですから,医療事故について話し合っているとき病院側からこのような発言がなされたら病院は過失を争うのだ,と考える必要があります。 

■最高裁判所は,集団検診で肺がんを見落した医療機関の責任を否定!

保険会社の女子社員が毎年受けていた社内定期健康診断の胸部レントゲン検査で異常陰影を見落とされ肺がんにより死亡し遺族が医療機関等に損害賠償を求めた事件で最高裁判所は医療機関等の責任を否定しました(最高裁判所平成15年7月13日判決)。

■「どうせ助からない」ですむ問題か!?

第1審の東京地方裁判所は,昭和60年9月と昭和61年9月に実施した胸部レントゲン検査で異常なしと診断したことに過失はない,昭和62年6月の胸部レントゲン写真は異常陰影が認められるから精密検査を指示しなかった医師に過失があるが,適切な処置をとっても昭和62年11月の肺がんによる死亡は避けられず過失と延命利益喪失との間に因果関係は認められないし不誠実な医療自体を理由に慰謝料を請求することはできないとして遺族の請求を全面的に棄却しました(東京地方裁判所平成7年11月30日判決)。

医師の過失を認めながら,癌でどうせ助からないから医療機関は賠償しなくてよいという裁判所の判断は,一般の人には到底納得できるものではないと思います。遺族は控訴しました。

■集団検診は数が多いから見落としてもOK!?

第2審の東京高等裁判所も第1審の判断を肯定し控訴を棄却しました(東京高等裁判所平成10年2月26日判決)。裁判所は,「集団検診の限界」を理由に医師がレントゲン写真を異常なしと診断したことに過失はないと判断しました。即ち,「定期健康診断は,一定の病気の発見を目的とする検診や何らかの疾患があると推認される患者について具体的な疾病を発見するために行われる精密検査とは異なり,企業等に所属する多数の者を対象にして異常の有無を確認するために実施されるものであり,したがって,そこにおいて撮影された大量のレントゲン写真を短時間に読影するものであることを考慮すれば,その中から異常の有無を識別するために医師に課せられる注意義務の程度にはおのずと限界がある」,としたのです。

集団検診だから医師が異常を見落としても許されるのであれば,集団検診を受ける意味がないのではないでしょうか。むしろ毎年集団検診を受け「異常なし」と診断されれば患者としてはそのまま信じて精密検査を受ける機会を失う可能性がありますから,集団検診を受けない方が良かったという結果になりかねません。

ところが第3審の最高裁判所は,東京高等裁判所の判断を肯定し遺族の上告を棄却しました。

■集団検診で医師の過失を判断する基準とは?

集団検診において撮影されたレントゲンフィルムの読影を担当する医師の注意義務に関する裁判例に,仙台地方裁判所平成8年12月16日判決があります。

患者は,平成2年8月に内科医院で末期の肺がんが発見され翌平成3年2月に死亡したのですが,市の実施する定期健康診断で昭和63年,平成元年に受けた胸部レントゲン検査で既に腫瘍の可能性のある陰影が写っており健康診断で異常が指摘されなかったばかりに肺がんの発見が遅れてしまいました。

仙台地方裁判所は,昭和63年,平成元年のレントゲン写真に異常陰影が存在し精密検査をすれば肺がんを発見できたと認めながら,次のように述べて医師の過失を否定しました。即ち,集団検診におけるレントゲン写真読影においては,問診ができず,年齢,病歴等の受診者に関する参考資料もない状態で,レントゲン写真のみで正常か異常かを判断しなければならず,患者の過去のレントゲン写真と比較することは集団検診の時間的経済的制約から望めず,比較的短時間に多数のレントゲンフィルムを流れ作業的に読影しなければならないという集団検診の制約と限界があるので,集団検診でレントゲン写真を読影する医師の注意義務は,一定の疾患があると疑われる患者について,具体的な疾患を発見するために行われる精密検査の際に医師に要求される注意義務とは自ずから異なるというべきであり,レントゲンフィルムの陰影を異常と認めないことに医学的な根拠がなく,これを異常と認めるべきことにつき読影する医師によって判断に差異が生ずる余地がないものは,異常陰影として比較読影に回し,再読影して再検査に付すかどうかを検討すべき注意義務があるけれどもそうでなければ過失はないというものです。

■集団検診の異常なしの結果は信じるな!!

結局,集団検診では医師の過失が認められ難いと言えます。

この判決には,集団検診は,「集団的な健康水準の維持からは有効な方法であるけれども,個別的な肺がんの発見方法としては完全とはいえないものであり,受診者も肺がん検診はこのようなものであることを予期すべきものである」,とも述べられています。集団検診では限界があるのだから見落としがあっても「異常なし」の診断を信じた方が悪いというのですから,集団検診の異常なしの結果は信じないことが重要ですね。

医師が,勤務先病院の定期健康診断で肺がんを見落とされ死亡!

医師が,自分の勤務する病院の定期健康診断で胸部レントゲン写真の異常陰影を2年間見落とされ肺がんで死亡した事件で裁判所は読影した呼吸器科医の過失を否定しました(名古屋地方裁判所平成21年1月30日判決)。

この裁判は,短時間で多数のレントゲンフィルムを読影する集団検診の特殊性を重視し,通常集団検診において行われる読影条件の下において,これを行う一般臨床医の水準をもって読影した場合に,異常ありと指摘すべきかどうかの判断が異なり得るかをもって判断するとして,専門医ではなく一般臨床医のレベルを基準に一般臨床医に読影させたら評価が分かれたので専門医である呼吸器科医が異常なしと判断しても過失はないとしています。

患者としては呼吸器科医から胸部レントゲン検査で異常なしと診断されれば専門医の判断ですから結果を信じて疑わず,他所の病院で精密検査を受ける機会を奪われてしまいますから,専門医の診断ミスも集団検診ならハードルが下がって許されるなんてどうも納得のいかない判決です。

集団検診では見落としがあっても医療機関の責任を問うのは難しいので,胸部レントゲン検査の「異常なしの結果は疑え!」が鉄則ですね。名古屋地方裁判所は,「個別に人間ドックを受検する等他の方法により健康を管理するという選択肢も存在し得る」じゃないかとも述べていて,健康管理するなら自分で人間ドック等を受けるべきで集団検診しか受けない者は見落としがあっても自己責任だと言わんばかりの患者に厳しい見方をしています。 

勝訴しても浮かばれない?自己防衛が最善の策!!

集団検診の胸部レントゲン検査で異常陰影が見落され肺がんにより死亡したケースで患者側が勝訴した裁判もあります(富山地方裁判所平成6年6月1日判決)。読影をした医師が異常陰影に気付きながら異常なしと判断し精密検査の受診勧告をしなかったケースです。富山地方裁判所は,医師の過失,及び,より早期に治療を開始すればより延命の可能性が高まることは認めましたが,定期健康診断時,肺がんがリンパ節に転移していなかったと判断することは困難であるとして過失と死亡との因果関係を否定し,慰謝料僅か400万円しか認めませんでした。例え勝訴しても遺族の心情として納得のゆく金額ではないと思いますが,癌の見落しのケースでは一般に癌の進展速度に個人差があり,転移の有無は立証困難なので因果関係が否定され賠償額は低額となりがちです。

結局,自分で人間ドックや精密検査を積極的に受けて癌を早期発見する以外方法はないのかもしれません。

新聞報道される医療事故件数は氷山の一角!!

医療事故は毎年どの位の件数起きていると思いますか?2013年8月28日の日本経済新聞夕刊に,2012年の事故件数が「医療事故最多2882件」という記事が出ました。そして,2013年の事故件数について,2014年3月27日の日本経済新聞に「医療事故報告3000件越す 昨年,最多更新」という記事が載りました。医療事故が増えているのは分かりますが年間3000件というのは人口から考えると意外と少ないなと思いませんか?

ところが3000件というのは実は,全ての医療事故件数ではありません。新聞で報道されるのは日本医療機能評価機構に事故の報告義務のある大学病院など274施設と任意参加している691施設(2013年の施設数)で起きた事故件数だけなのです。報告義務のある医療機関の施設あたりの年間平均事故件数が約10件であるのに対し,任意で参加している医療機関の事故件数は約0.5件ですから任意参加医療施設は事故の一部しか報告しておらず事故件数を比較的正しく反映しているのは報告義務のある医療施設と考えるのが自然でしょう。

そうすると一施設あたり年間平均約10件程の医療事故が起きているわけですから, 日本全国の医療施設数は約17万7000(病院8500,診療所10万0100,歯科診療所6万8500)なので,仮に各施設が年に10件医療事故を起こしていたとすると年間の医療事故件数は,およそ170万7000件ということになります。もちろん医療事故など起こさない医療機関もたくさんあると思いますから(逆に年間10件ではすまない医療機関もあるかもしれませんが)正確ではありません。しかし,新聞報道される医療事故数がほんの氷山の一角に過ぎないことは分かって頂けたと思います。

■ヒヤリ・ハット???

ヒヤリ・ハットという言葉をご存知ですか?失敗しそうになってヒヤリとした,ハットしたときの「ヒヤリ」と「ハット」のことで,事故に至らなかったけれど事故に直結する可能性のある事象を言いますが,2013年に日本医療機能評価機構に報告された医療事故のヒヤリ・ハット件数は,医療機関965施設だけで約60万9000件もありました。日本全国の医療施設数でどのくらいヒヤリ・ハットが起きているか換算すると1億件を越えてしまいます。

こうして見てくると医療事故は他人事ではなく,何時誰に起きても不思議ではないと考えた方が良いかもしれませんね。

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医療事故調査制度とは?

医療事故の原因究明・再発防止を目的として平成26年6月に法制化された医療事故調査制度が今年10月1日から始まります。

医療事故調査制度は,診察,検査や治療に関連して患者が予期せずに死亡する医療事故が起きた場合,医療機関が第三者機関(医療事故調査・支援センター)へ事故を届け出て院内調査を行い,その結果を遺族に説明後第三者機関へ報告し,第三者機関が収集された医療事故情報を分析することにより事故の再発防止に繋げようというものです。

院内調査結果は,医療機関から任意の方法で遺族へ説明されます。又,医療機関が医療事故として第三者機関に届け出た事案については,遺族から第三者機関へ調査を依頼することができ,第三者機関は調査結果を医療機関及び遺族へ報告することになっています。

「医療事故」に当たるか否かは医療機関が判断することになっており,遺族が「医療事故」として第三者機関に報告することはできない仕組みです。

■医療事故調査制度の問題点

医療機関が第三者機関へ報告すべき医療事故は「予期しなかった」死亡事故ですから,医療機関が事前に患者や患者家族に死亡のリスクを説明していた場合や重い後遺障害が残った場合は調査の対象外です。従って,医療機関が患者に対し常に死亡リスクを説明するようにすれば第三者機関に報告されるケースは殆どなくなってしまいます。

又,院内調査結果の遺族への説明は「口頭または書面もしくはその双方で,遺族が希望する方法による説明に努める」と,義務ではなく努力目標とされたので,遺族が調査報告書の交付を求めても医療機関は拒むことが可能です。

更に,遺族が第三者機関に調査依頼をできるのは,医療機関が第三者機関へ医療事故として届け出た事案だけですから,遺族が医療事故の調査を望んでも,医療機関が第三者機関へ届け出るべき医療事故に当たらないと判断すれば,遺族は第三者機関へ事故調査を依頼できません。

医療事故調査制度は医療事故の被害者のための制度ではない!?

医療事故調査制度は,医療事故の被害者のための制度ではありません。医療機関や医師・看護師などの責任追及は目的としていません。

「医療事故調査制度」という名前から,殆どの方が,医療事故が起きたとき患者や遺族のために医療事故調査を実施してくれる制度だと捉えるのではないでしょうか?。私も当初そのようなイメージを持っていました。

しかし,実際は,厚生労働省が全国でどのような医療事故が起きているのかという情報を集めて分析し事故の再発防止策を立てる等の医療行政に役立てる公的仕組みであって,個々の患者遺族の救済を目的とする制度ではないのです。

制度が作られる過程では,院内調査の結果報告書を遺族に交付しようという意見もありました。遺族は,医学の素人ですから口頭で説明されても分かりません。死亡の経緯・原因を明らかにし真相解明をするためには書面による説明が必要ですが,医療側の一部が,「裁判などの紛争に利用されて医師個人の責任追及につながりかねない」,と反対したため院内調査結果の書面による交付は努力目標とされ遺族への説明方法は医療機関の判断に委ねられることなりました。

医療ミスではないという調査結果であれば遺族に交付することになんの問題もないはずですし,逆に医療ミスで患者を死亡させたのであれば損害賠償すべきは当然ですから遺族に責任追及させないため報告書を交付しないという考え方は疑問です。反対意見から,あわよくば医療ミスをなかったことにして補償もなさずすませてしまおうとする隠蔽体質が伺われますが,注意しても事故は起きるものですから,事故が起きた後事故の再発防止のために事故から学ぶ姿勢がなければ安心して医療を受けられる社会は実現しないのではないでしょうか。

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無資格者によるアートメイクは違法です!

最近,無資格者によるアートメイクで逮捕者が続出しています。アートメイクとは,針で皮膚に色素を入れる落ちないメイクのことで,眉やアイラインに入れることが多いです。アートメイクは,医療行為なので医師又は医師の指示の下,看護師が行う必要がありますが,比較的簡単にできるため無資格者が施術をしてトラブルになることが多いです。化膿して腫れたりアイラインのアートメークで角膜に傷をつけられるケースもあります。無資格者のアートメークは医師法17条(医師でなければ,医療をしてはならない)違反で法定刑は3年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金,又は併科です。また,看護師が医師の指示を受けずに施術をすることは保健師助産師看護師法37条に違反するため医師不在で看護師が施術をすると6月以下の懲役若しくは50万円以下の罰金,又は併科となり得ます。

 

ただ,医師の施術であっても,寝ている間に極太のマジックで描いたような眉毛にされたケースがありました。美容整形では,医師は腕だけではなく美的センスも必要ですが,美的感覚には個人差があるので要注意です。事前に患者の希望を聞かない医師に気を付けましょう。

 

■無資格者によるレーザー治療,ケミカルピーリングも違法です!

レーザー脱毛やケミカルピーリングはいずれも医療行為であり,無資格者が行うと医師法違反になります。 

 

レーザー脱毛で火傷を負い瘢痕や色素沈着を起こすケースが非常に多いです。又,シミ取りのためクリニックに行ってレーザー治療を受けたところ火傷を負い,シミの何倍も大きい瘢痕が残ったケースもあります。

 

ケミカルピーリングは,皮膚の表面に酸性の薬剤を塗布して,古くなった角質や毛穴に詰まっている角栓老廃物などを溶かして除去する治療法ですが,ニキビ除去目的でケミカルピーリングを受けたところ,顔にニワトリの卵大の面積の肥厚性瘢痕が残ったケースもありました。

 

無資格者による施術は,火傷等した被害者が警察署に相談して発覚するケースが多いようです。逮捕されるのは極一部で,まだまだ無資格者の施術が横行している可能性がありますが健康被害を生じる危険がありますのでくれぐれも気を付けて下さい。

 

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■美容整形の失敗は裁判しにくい?

美容整形で失敗されても泣き寝入りになるケースが多いです。

 

その理由は,まず,被害者が公開の法廷で美容整形の失敗を争うことが恥ずかしくて提訴しにくい点が挙げられます。裁判でビフォーアフターの写真を提出し,コンプレックスを持っていることを他人からあれこれ言われるのは辛いことですし美容整形について世間一般に批判的な風潮が残っていることも裁判を敬遠する原因と言えましょう。

 

■美容整形の賠償額は少ない!?

美容整形の失敗が,裁判しにくい理由の2つ目は,一般の医療過誤に比べて賠償額が少ないことが多く,費用対効果が合わないことが挙げられます。賠償額が少ないと,裁判費用,弁護士費用,専門医による私的鑑定意見書作成費用などを払うと勝訴しても赤字になってしまう場合もあり,いったいなんの為に裁判をしたのか分からなくなってしまいます。

 

損害賠償額は,裁判所による算定基準が使われる事になっています。どんなに酷い目に遭い辛い思いをしても傷害慰謝料は,入通院日数・期間で決まるので入院日数や通院回数が少ないと低額になります。そして入通院がなければ休業損害も発生しません。美容整形は日帰り手術が殆どなので傷害慰謝料、休業損害が発生しない場合が多く,修復手術で入通院があっても長期にならない限り低額になります。

 

後遺傷害慰謝料は,外貌醜状(がいぼうしゅうじょう)が後遺障害と認められるのが難しいため認められなかったり低額になることが多いです。例えば顔では10円硬貨以上の大きさの瘢痕又は長さ3cm以上の線状痕,頚部では鶏卵大面以上の瘢痕、手足では露出面に手のひら大の醜い痕を残すものとされています。しかも人目につく程度でなければならないので,例えば線状痕の一部が眉毛などで隠れる場合は後遺障害と認められない場合があります。

 

このように醜状障害は後遺障害と認定されること自体難しいのですが,仮に,後遺障害と認められてもモデル・俳優・タレントさんなど容貌が重要な意味を持つ職業でない限り労働能力に影響しないので裁判では後遺障害逸失利益が認められにくいです。例えば主婦の場合、外貌醜状が残っても家事をするには影響はないだろうと評価されてしまうのです。

 

ちなみに美容整形失敗の賠償額は,ケースバイケースではありますが,治療費プラス50〜150万円位が多いです。美容整形の失敗で人生設計が狂い、外貌醜状が一生残る場合、とても納得のゆく金額ではないと思います。

 

■泣き寝入りさせる悪徳美容整形

失敗を繰り返す美容整形は,患者が裁判を起こしにくいことを知っていますので,患者が損害賠償を求めても示談に応じず,「裁判を起こすなら起こして下さい。」,と開きなおるケースが少なくありません。病院側が示談に応じてくれないと患者は泣き寝入りになってしまいます。

 

近頃,海外に行って美容整形を受ける方も増えていますが,国内でも損害賠償が難しいのですから,まして海外で手術を受けて事故に遭うと更に損害賠償請求が難しくなります。

 

後遺障害で苦しむのは一生ですので,くれぐれも軽い気持ちで美容整形を受けないように気を付けて下さい。

 

■泣き寝入りをしない方法は?

美容整形の失敗の場合,弁護士に依頼すると費用がかかって賠償額が少なくなってしまったり費用の方が余計にかかってしまうこともあるので,当事者どうしで話し合いができない時は,裁判外の紛争解決手続きである「医療ADR」の利用をお勧めします。医療に詳しい弁護士があっせん人・仲裁人になって病院との話し合いや示談を進めてくれる非公開の手続で,患者ご自身で申し立てられるため弁護士を頼まずにすみます。

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■危険すぎる!?美容整形をめぐるトラブル

美容整形トラブルが相次いでいます。美容整形が通常の医療と異なるのは疾患の治療ではなく二重まぶた,皺取りや豊胸など美容が目的であって,緊急性も医学的必要性も通常ないという点です。そして,美しく見せるのが目的ですから,医師は最善を尽くすだけでは足りず患者の希望に沿う結果が求められます。つまり医師は,腕だけではなく美的センスも要求されますが美的感覚は人それぞれですから医師が成功したと考えても患者から失敗だといわれるケースもあります。


美容医療で通常多いトラブルは,契約トラブルと美容整形手術の結果,外貌に醜状を生じる場合です。


契約上のトラブルでは,ホームページは低料金なのに高額な費用を請求されたり,「セットでお得」などと予定外の手術を勧められ高額になったり,契約後施術を受けるのをやめようとしたら高額の解約料を請求されたり,施術の効果がないのに途中解約できず高額のローンを払い続けなければならない等があります。


美容整形の失敗例を挙げると,レーザー脱毛で火傷し瘢痕・色素沈着が残ったケース,シリコンバッグを入れる豊胸手術で目立つ場所に傷跡が残ったケース,脂肪吸引で凸凹になったケース,リフトアップで神経を損傷され顔面神経麻痺が残ったケース,ニキビ除去目的でケミカルピーリングを受けたところ,顔に鶏卵大の肥厚性瘢痕が残ったケース,エラ削りの手術で下顎骨に線状骨折を生じ,プレート固定したが陥没変形,顔面神経麻痺,発語障害,口唇麻痺の後遺症が残ったケース,二重まぶたの手術で左右非対称等様々です。


このような被害に遭わないためどのような点に注意すべきでしょうか。良くある相談は,本人が何も調べないまま雑誌の広告やホームページを見て軽い気持ちでカウンセリングのつもりでクリニックに行ったところ即日契約させられ,十分な説明のないまま当日施術を受け失敗するケースです。


以下に,多くの相談が寄せられた危ない美容外科の共通点を挙げます。


(1)即日契約,即日施術を勧めるクリニックは危ない。
(2)リスク説明のない病院は要注意。
 ①メリットだけアピール
 ②化膿・縫合不全など合併症や副作用の説明がない
 ③効果に個人差があることの説明がない
 ④効果の持続期間,5年〜10年後どうなるか,再手術の必要性や再手術したときの
  リスクなどの説明がない
 ⑤術後どのくらいで普通の生活に戻れるか説明がない
 *痛み・腫れ・内出血等があって普段の生活に戻るまで時間がかかる場合があるので気を付けて下さい。
(3)看護師や事務員から手術説明書を渡され,医師の説明がない。
(4)説明した医師と執刀医が異なる。
 *執刀医は,患者の希望を聞いていないので希望に添わない結果になる可能性が
  高いです。
(5)突然,手術方法の変更を言い出し,手術方法やリスクの説明がない。
(6)解約・返金のルールについて説明がない。


それでは,実際のところトラブルを回避するために患者さんはどうしたら良いでしょうか。美容整形は,殆どが自由診療なので高額となりがちな上,施術費用や方法は医療機関によって様々です。合併症や手術ミスなどのリスクがあり修正手術で完全に修復するのは難しいため一生後遺症に悩まされる場合もあります。思いつきや軽い気持ちで医療施設を訪れるのは危険です。まず,事前に施術の種類,料金,リスクの他,失敗例についてもよく調べ,施術を受けるか否かを検討して下さい。そして施術を受けると決めても,一旦契約してしまうと解約・返金は難しいので,契約前に施術の内容・施術にかかる総額(その費用によって受けることができる施術の回数や範囲),解約条件,施術の効果・合併症やリスク,効果が得られなかった場合の補償の有無などについて説明を求め,十分な説明が受けられない等,納得できなければその場で契約せず,他の施設でセカンドオピニオン,サードオピニオンを受けることをお勧めします。


ここで,医師の説明について少し補足します。医師は患者に対し説明義務を負っています。美容整形の場合には,緊急性も治療の必要性もありませんから出来る限り詳しく説明する必要があり,施術の内容,効果,手術の難易度,成功の可能性の程度,危険性・副作用の有無・内容・可能性の程度などを具体的に説明する義務があるとされます(東京地判平成9年11月11日判例タイムズ986号271頁)。


最終的には自己責任ということになりますが,後遺障害で苦しむのは一生ですから安易に契約してはいけません。施術方法・費用・合併症等のリスクの他,失敗例について予め調べ,セカンドオピニオン・サードオピニオンを受け,施術を受けるか,受けるとしてどの方法にするか,どの病院にするかを決めましょう。

■嘘のような本当の話
先日,証拠保全のため,とある総合病院へ行きました。少し早めに病院に到着したので,待ち合わせていたカメラマンと話していたときのことです。カメラマンから,「先生は,カルテの調査を依頼する協力医はどうしていますか?」,と聞かれました。なぜカメラマンがそんなことを気にするのか理由を尋ねたところ,他の法律事務所から依頼されて証拠保全に同行したとき,弁護士から聞かれたというのです。

 

医療過誤・医療事故事件では,過失調査,鑑定意見書の作成や医療訴訟係属中に専門的アドバイスをして頂ける各専門分野の医師の存在が不可欠です。ですから,協力医がいない医療過誤・医療事故弁護士など考えられないのです。 

 

証拠保全だけして,患者に,協力医は自分で探してくれというのはあまりにも無責任過ぎます。私は,カメラマンに,「そういう弁護士は,医療過誤・医療事故事件を扱ってはいけないのです。」と答えました。嘘のような本当の話です。 

 

弁護士に依頼する前に,専門科の協力医がいるか確認することをお勧めします。

■癌とは呼びませんが心臓も悪性腫瘍になります

ある日,知人から「心臓は,癌にならないんだって?」,と尋ねられました。

 

確かに,心臓癌というのは聞いたことがありませんね。心臓もガンになるけれど癌とは呼ばないというのが答えです。

 

悪性腫瘍には,癌と肉腫があります。上皮性悪性腫瘍を癌,非上皮性悪性腫瘍を肉腫と呼びますが,一般の人には癌の方が分かりやすいので悪性腫瘍の意味でガンという言葉を使うことがあります。紛らわしいですね。

 

上皮というのは,簡単に言うと体の表面を覆っている細胞層のことで,皮膚の他,体の表面からつながっている口腔,食道,胃,肝臓,膵臓,腸なども上皮細胞で覆われていますので,そこに悪性腫瘍ができると胃癌とか大腸癌とか呼ばれます。

 

心臓は,体の表面と連続していない非上皮性細胞で構成されているので,心臓に出来た悪性腫瘍は,癌と呼ばないのです。心臓も,他の臓器と同じように腫瘍が発生しますが,どちらかというと稀な疾患です。

医療事故・医療過誤(医療ミス)について法律相談をご希望の場合には,『医療事故調査カード』をダウンロードし,必要事項をご記入の上,当事務所宛にご郵送ください 担当弁護士が内容を拝見した後,ご相談日をご連絡いたします 電話相談も可能です

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