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医療事故から身を守る患者の心構え(1)医師任せにしない

医療ドラマを見ると,主人公の医師が脳外科も心臓外科も消化器外科も,科を問わずあらゆる手術をこなしてしまうスーパードクターが登場しますが,実際は専門に特化しており何でも分かりどんな手術もできる医師はいません。医師は万能ではなく,専門以外のことはあまり詳しくないのが実情ですから,医師はなんでも知っていると思うのは大きな間違いです。また,専門分野であっても先入観を持ってしまいミスをしてしまう医師もいれば(ケース(1),ケース(2)),知識や経験がないのに診療を丸投げにされている研修医(ケース(6))やベテランなのに患者を診察しない医師もいますから(ケース(7)),患者が医師に全て任せきりにするのはとても危険です。自分の身を守れるのは自分しかいないという心構えで積極的に病気と向き合うことが大切です。

医療事故から身を守る患者の心構え(2)病気を知る

医師にお任せにしないためには,自分や家族の病気を知ることが大切です。

体調不良で病院に行くと医師に症状を伝えますが(問診と言います),緊急の処置が必要な病気なのに外見上重症感がないとか,夜間外来で専門外の医師や知識・経験の少ない研修医が当直医ですと,見落とされ手遅れになる可能性があります。そんなとき,患者に病気の知識があって典型的な症状をキーワード(例えば「前胸部の締め付けられるような痛みの持続」は急性心筋梗塞の典型症状です)を使うなどして上手に伝えられれば気が付いて貰えるかも知れません。

入院して外科手術を受ける場合は,事前に手術説明があり手術同意書に署名押捺が求められますが,患者に治療方法や手術を受けた場合あるいは受けない場合のリスク,複数の治療方法があるときは各々のメリット・デメリットなどの知識が全くないと医師から説明をされても理解できないため,治療を受けるか否か,受けるとしていつ受けるか,どの方法を選択するか全て医師に言われるがままとなり失敗されたとき後悔することになります。

不幸にも医療ミスが起きても,医学の知識がまったくなければミスだと気が付かずに終わってしまい本来受けられたはずの正当な補償を受けられない可能性もあります。

医学のことは難しくて分からないと最初から諦めてしまうのは,もはや時代遅れです。テレビ,新聞雑誌,インターネットなどに一般人向けの分かりやすい医学情報が溢れており,調べようと思えば容易に調べられる時代です。もちろん情報を取捨選択する必要がありますが,少なくとも自分の持病や,祖父母親兄弟に多い病気(家族歴と言います)についてはいざという時のために日ごろから典型的な症状,治療方法,複数の治療方法があるときは各々の方法のメリット・デメリットやリスクなどを調べておくべきです。

少し注意すれば防げたような医療事故は敵(病気)を知って己(持病・健康状態)を知れば,百戦危うからずとまでいかなくても,医師にお任せにするよりは格段に事故を防げるでしょう。

医療事故から身を守る患者の心構え(3)我慢しない

患者の顔を一目見ただけで病名が直ぐ分かる,というのはテレビドラマや映画の中だけの話です。患者の見た目が元気そうで重症感がないとか,病気に典型的な症状が揃っていないなどの場合,本当は直ちに入院加療が必要なのに医師が異常なしと判断して帰宅させてしまい手遅れになることが少なくありません。一般に,体調が本当は酷く悪いのに病院に行くと緊張するのか元気そうに振る舞ってしまったり,医師に「大丈夫です。」とか「良くなってきました。」などと心にもないことを言ってしまうことがありますが,これでは自分で自分の身を危険にさらすようなものです。医師に病気を見落とされないためには,とにかく我慢しないことが大切で,自分の症状を正しく医師に伝える努力をしなくてはなりません。こと病気については我慢強い方が損をすることが多く,多少大げさなくらいが丁度良いかも知れません。それでも医師から異常なしと言われてしまったときは,自分の体調がいつもと明らかに違い異常だと分かるのは本人だけですから,普通ではないと感じたら例え医師に緊急性がないと言われても鵜呑みにせず入院を強く要請するとか,専門病院を受診するとか,帰宅後症状が悪化したときは救急車を呼ぶなどするべきです。

折角手遅れになる前に病院にかかったのに医師に症状を上手く伝えられず病気を見落とされ,自分の直感を無視し我慢したばかりに命を落としてしまう医療事故は後を絶ちませんが,直ぐ治療していれば助かっていただけに本人にも遺族にも悔いが残ります。

■医療事故から身を守る患者の心構え(4)コミュニケーション力を磨く

入院中の場合,原疾患と異なる病気の発症(ケース(6))や術後管理不足(ケース(7)),看護不足(ケース(3))から患者が急変したのに医師や看護師に見落とされ命を落とすケースがあります。この場合,患者や患者の家族が自力で医療事故を防ぐのは難しいですが,常日頃医師・看護師と良好なコミュニケーションをとり,定期的に診療経過の説明を求め,説明が分からなければ患者側から積極的に質問し診療について共通認識を持てるようにすることで患者が放置されることは防げる可能性があります。病院は少ない人数で多数の患者を診ているので意図していなくても結果的に患者が放置されることは避けられないことですが,良好なコミュニケーションをいつもとっている患者家族は医療従事者から自ずと関心を持たれ異常に気が付いて貰える確率は高まるでしょう。

高齢者は放置!?術後管理不足により死亡した事件

患者は80代女性,胆のう摘出術を受けた後ショック状態に陥りましたが放置され処置の遅れから死亡した事件です。

患者は,胆のう結石症による胆のう炎の診断で相手方病院に入院し,腹腔鏡下胆のう摘出術を受けました。術後,呼吸状態が悪く尿量も少なく収縮期血圧が60台に低下し患者はショック状態に陥っていましたが,看護師が何度主治医にドクターコールをして報告しても,主治医は患者を診察せず,ショックに対する措置は講じられませんでした。患者はショック状態に陥ってから20数時間放置され,患者家族が見舞いに訪れたときにはナースステーションから最も遠い病室に置かれ低血圧でモニターのアラームが部屋中に鳴り響いている状態でした。家族は,看護師に直ぐに救急措置を実施するよう何度も求めましたが,看護師は「先生に報告しています。」と答えるのみで何の処置もされず1時間半ほどしてようやく医師が昇圧剤の点滴を開始しましたが患者の呼吸状態は更に悪化し下顎呼吸となり,家族はこの病院に置いておいては患者を死なせてしまうと考え,家族の要請で大学病院の救命救急センターへ緊急搬送されました。転院時,患者は腹膜炎による敗血症性ショックに播種性血管内凝固症候群(DIC)を併発した重篤な状態に陥っており,後医で手厚い治療を受けましたが敗血症により亡くなりました。

専門医に過失調査を依頼

患者家族は,患者が治療目的で手術を受けたのに,腹膜炎による敗血症性ショックにDICを併発した状態になるまで放置され処置の遅れから死に至らしめたことに憤り,相手方病院に対し,術後管理義務違反を理由に損害賠償を請求しました。これに対し,病院側は,過失を否定したのみならず,患者はもとから重篤な胆のう炎があり,術後の対応の如何に関わらず敗血症による死亡は避けられなかったと主張して治療行為と死亡との因果関係も否定しました。そこで第三者である消化器外科の専門医に腹腔鏡の手術動画,病理解剖報告書を含む全ての診療記録を調査して頂いたところ治療行為に不適切な点があるのみならず不適切な治療と死亡との間の因果関係も明らかという結果が得られました。調査のポイントは,(1)手術に手技上の過失はあったか,(2)術後管理に問題はあったか,(3)術前に重篤な胆のう炎が存在したかの3点です。専門医の意見は,相手方医師は手術操作の際,胆のうを穿孔し膿性胆汁を流出させてしまいましたが,これ自体は手術の合併症であって手技上の過失ではないが(1),その後の洗浄不足・ドレナージの不備,及び,術後管理不足が過失であり(2),術前には病院が主張するような重篤な胆のう炎は存在せず,適切な術後管理がなされていれば患者が死亡することはなかった(3)という結論でした。

紛争を大きくする病院ないし病院弁護士

第三者である消化器外科医による医師意見書を提出し,相手方病院の説得を試みましたが,病院側は過失・因果関係を認めなかったばかりか,こともあろうに,転院させなければ救命出来た可能性が十分あったのに転院先の救命救急センターの治療が不適切だったせいで患者は死亡したと反論してきました。術後患者が危篤状態に陥ったのは自分たちの診療行為が原因なのに,治療が難しい患者を引き受けてくれた後医に医療過誤の責任を転嫁するとは信じがたい暴挙です。そのようなことをすれば,以後後医である大学病院は,相手方病院からの患者依頼を引き受けてくれなくなることが分からない病院あるいは病院弁護士は愚かとしか言い様がありません。医療事故で紛争を大きくするのは,実は病院や病院弁護士であることを示す良い例です。

■示談までに3年以上

相手方病院が,過失・因果関係を認めないため,更に第三者である複数の消化器外科の専門医に再反論の医師意見書を作成頂いたほか,後医である救命救急センターの医師に医療照会(患者の病状に関する質問書を送り回答を依頼すること)を行い医療照会回答書を作成して頂いて相手方病院へ提出したところ,交渉に3年以上かかりましたが最終的には3000万円で示談することができました。

この事件で裁判を回避し示談による円満な解決に至った決め手は,第三者である消化器外科の専門医の医師意見書と後医である救命救急科医師の医療照会回答書でした。医療事件は素人が手ぶらで闘っても交渉は上手くゆきませんが,専門医による詳細な過失調査を経て医学的問題点を明らかにすることにより早期円満解決に繋がることが多いです。同業者から誤りを指摘されるのが一番辛いといえましょう。

示談に3年以上かかっているのにどこが早期解決だと叱られそうですが,医療事件では交渉に3年かかることは珍しくありません。特に損害賠償額が高額になるほど時間がかかります。示談交渉が不調に終わった場合,提訴して裁判に2〜3年かかることを考えれば3年かかっても示談がまとまれば早期円満解決と言っても許されるのではないでしょうか?

高齢者は見殺し?

法律相談で,遺族から高齢の親が病院で見殺しにされた,というご相談を受けることが多いです。老衰で亡くなっており医療過誤とは言えない場合が殆どですが,中には患者が高齢者であるために放置されたケースもあります。本件のように,高齢の患者であっても手術をするということは生かす目的の治療ですから,術後管理は患者の年齢にかかわらず適切に行う必要があります。本件患者の看護記録には,看護師が主治医にドクターコールをし,血圧が60台に低下し尿量が少ないと報告したところ医師が「『もうそのままだね』と答えて指示を出さなかった。」とあり,数時間後,再度看護師がドクターコールして血圧60mmHg/30mmHgで声をかけても反応がなく尿が出ていないと報告しましたが,「『あとで行くから』と答えて指示を出さなかった。」と記録されており,主治医が患者の治療を放棄していたことが分かります。医師が,患者の状態が悪くなったことを知りながら診察をしないのであれば,なんで手術をしたのかと思います。手術をして治療費を得るのが目的だったのでしょうか。看護師は,医師の態度がよほど腹に据えかねたのか看護記録に記録を残しましたが,看護師も患者がショック状態に陥っており救命措置が必要であることを知りながら主治医に報告しただけで何の措置も講じず患者を放置していますので,患者を看護すべき注意義務に違反しているといえます。           

患者が高齢者の場合,本当はあってはならないことですが,現実には医療従事者の中に高齢だから亡くなっても仕方ないという暗黙の了解のようなものがあり放置するケースがあります。高齢の患者にとっては恐ろしい話ですが,放置されないためには,患者や患者の家族が医師・看護師とできる限りコミュニケーションをとり,入院加療の目的が「看取りではない」ことをはっきりと伝えることが大切です。

主治医についての後日談

本件の主治医は,事故当時外科部長の立場にありベテランの医師でした。事件の解決の為,複数の消化器外科医に過失調査と医師意見書の作成を依頼したのですが,相談した医師の中に偶々本件の主治医を知っている医師がいました。どんな医師か尋ねたところ,若い頃は仕事熱心な優秀な外科医だったと言われました。そんな医師がなぜ患者の診療を放棄する医師になってしまったのかと残念に思いました。

脳塞栓症再発の見落としにより死亡した事件

患者は脳梗塞で入院中脳梗塞を再発しましたが,主治医の研修医が見落とし処置の遅れから脳ヘルニアにより死亡した事件です。

患者は60代男性,脳梗塞・心房細動・高脂血症の既往があり相手方病院に定期通院しワーファリンによる抗凝固療法を受けていましたが,自宅で脳梗塞を起こし相手方病院へ救急搬送されました。患者は,受診時,右共同偏視,左片麻痺があり,MRI検査で右中大脳動脈閉塞による右大脳半球の広範囲な梗塞が認められ,心電図上心房細胞が見られたことから心原性脳塞栓症の診断で神経内科へ入院となりました。入院中ワーファリンは投与されず,患者は順調に回復していましたが入院1か月ほどしたある日,看護師が来室すると意識不明の状態に陥っており右麻痺や呼吸状態の悪化が出現していました。主治医の研修医が指導医に相談したところ,指導医は直接患者を診察することなく主治医の話のみから症候性てんかんの疑いと判断し,主治医が経過観察にしていたところ患者は24時間後病室で心肺停止状態になっているところを看護師に発見され間もなく死亡しました。

死亡原因を調べるため頭部CT検査を実施したところ,左大脳半球に広範囲な梗塞巣が認められ,正中偏位著明で左側脳室・脳溝が消失した脳ヘルニア所見が認められ脳ヘルニアのため呼吸停止に至ったことが判明しました。

脳ヘルニアで死亡した原因

脳は,脳梗塞などの病変により脳浮腫(むくみ)を生じますが,頭蓋骨で囲まれスペースがないため脳腫脹が進んで頭蓋内圧が亢進すると脳組織が隙間に向かって押し出されます。組織が押し出された状態をヘルニアといい,脳組織が呼吸中枢を圧迫すると死に至るため見落としてはならない重要な病態とされます。

第三者である脳外科医に本件の過失調査をお願いしたところ,患者の脳ヘルニアは,左内頸動脈へ心原性脳塞栓症を生じたが,医師が症候性てんかんと誤診し治療・患者管理を誤ったため急速に脳腫脹を生じたことが原因とのことでした。通常,脳塞栓症発症後の脳腫脹は3〜5日後にピークとなりますが,本件では発症翌日に脳ヘルニアに至りました。通常より悪化が早かったのは,脳浮腫対策や呼吸管理が行われなかったことが原因です。主治医は,脱水状態と考えて点滴量を多めにしたのですが,脳浮腫対策を考えると逆に点滴を少量にし,グリセロールなど頭蓋内圧を下げる点滴を行う必要がありました。また患者が呼吸不全に陥っていたのに酸素が投与されず,舌根沈下に対する気道確保も行われませんでした。そのため換気量不足から血中二酸化炭素が増え脳腫脹を加速させたのでした。

■どのような過失があるか(1)主治医の検査・診断義務違反

主治医は,患者を入院させた後,抗凝固療法(ワーファリン投与)を実施しなかったのですから患者の症状から当然脳梗塞再発の可能性を考え,CT検査で脳出血でないことを確認したら症候性てんかんと脳梗塞再発を鑑別するためMRIの拡散強調画像(DWI)撮影を実施して脳梗塞の診断をなし,脳浮腫対策・呼吸管理等の治療を直ちに開始すべきでした。

ところが主治医は,患者の脳梗塞再発の症状を見落とし,鑑別に必要な検査を実施せず,症候性てんかんの疑いのまま経過観察とし患者を死に至らしめてしまいました。

■どのような過失があるか(2)研修医の指導医の監督責任

医学部卒業後2年間は,研修医は臨床研修プログラムに沿って各科をローテ−ションします。本件の主治医は,卒業後2年目で,神経内科に配置されたばかりの知識も経験も少ない研修医でしたが,診療録によると回診や病状説明に指導医が立ち合うこともなく患者の診療は研修医にほぼ丸投げの状況でした。患者は重篤な状態にあり指導医は主治医と一緒に患者の診察に当たるべきでしたが指導医は患者が脳梗塞を再発し急変した後も直接診察することはありませんでした。このような場合,研修医一人を責めるのは正しくなく,指導医・科長・院長が臨床責任を負うべきと考えます。

どのような過失があるか(3)看護義務違反

患者は,看護師に心肺停止の状態で発見されました。患者はモニター(心拍監視装置)を装着中でしたので徐脈になった時点でアラームが鳴ったはずですが,看護師がアラームを切っていたかアラームを無視したかのいずれかにより心肺停止に気付かず,心肺蘇生措置の遅れが原因で心肺再開を得られませんでした。           

仮に看護師の過失がなく,直ちに蘇生できたとしてもこの時点では数日程度の延命しか期待できませんでした。しかし患者家族にとって,たとえ数日であっても延命できるか否かは大問題です。            

医療従事者は,どうせ助からないからと放置してはならず,もし自分の家族だったらという気持ちを忘れないでいて欲しいものです。

どのような過失があるか(4)説明義務違反

本件では,出血性梗塞,脳塞栓症再発の危険,それらに伴って死亡する危険性があることを患者家族に十分説明する必要がありましたが診療録には一切記載が無く説明が不十分であったと思われます。また知識も経験も浅い研修医では患者家族が納得する説明をするのは難しく,指導医が立ち合って説明を補足する必要がありましたが指導医は立ち合いませんでした。しかも,脳梗塞を再発して急変した後も,患者が死亡した後も家族に十分な説明がなされず,診療録にも記載がありませんでした。

このような医師らの対応が,患者の家族に不信感を与え,紛争に繋がるきっかけとなった可能性は否めません。

交渉経緯

この事件は当初別の弁護士が示談交渉を行っていましたが上手くいかず患者家族の依頼を受け途中から受任しました。患者が亡くなった後,主治医が患者家族に対し,「ワーファリン投与を忘れていた。」と説明したため,家族も前任の弁護士も入院中ワーファリンが投与されず脳塞栓症を再発させたのが過失だとして病院側と争っていました。

しかし,ワーファリンを投与しなかったことは過失ではなく,争点を間違えたため交渉が上手く進まなかったのでした。本件では,出血性梗塞を生じるリスクがあり,また入院中肝機能障害もみられたことからワーファリンを中止したことは正しい判断でした。ただし,主治医である研修医は,そのように判断してワーファリンを投与しなかったのではなく,全く念頭になかっただけだったようです。もし出血のリスクや肝機能障害が理由でワーファリンを投与しないのであれば,医師は患者家族に対し,ワーファリンを投与しない理由,及び,投与しないことにより脳梗塞を再発する危険性を説明すべきでしたが説明はなされませんでした。

病院側は,当初,重症の脳梗塞に致死的脳梗塞が続発しており直ちに抗脳浮腫対策を実施しても救命は不可能だったとして一切の過失を否定していました。しかし,第三者である脳外科医の医師意見書を提出の上,上記病院側の過失を指摘したところ,患者家族への説明が不十分であったと説明義務違反の点を認め慰謝料500万円で示談に至りました。

医療事故を巡り病院側と多くの示談交渉を経験して思うのは,紛争を裁判にせず早期円満に解決するうえで,同業者からの指摘が最も重いということです。第三者である専門医が診療記録・画像記録等に基づき丁寧に分析調査して作成した医師意見書は説得力があり,病院側が調査結果を真摯に受けとめ示談がまとまることが多いです。

医療事故のケースで患者側に協力してくれる専門医を見つけるのは容易なことではありません。患者家族に協力すると医師同士で非難される場合もあるでしょう。しかし,患者・病院どちらの味方という発想ではなく,医療紛争を早期円満に解決できるのは医師しかいないことを医師にご理解頂き積極的に協力くださることを願ってやみません。

同業者から見て明らかな過失を過失であると明確に指摘することが事故の再発防止に繋がり,より良い医療の維持発展に役立つと考えます。

脳卒中,脳梗塞と脳塞栓の違い

脳梗塞・脳出血・くも膜下出血など脳血管の異常で起きる病気を脳卒中といいます。脳梗塞には,脳血栓と脳塞栓があり,脳血栓は脳血管に生じた血栓により脳血流障害が生じるもの,脳塞栓には,心臓にできた血栓が脳血管を閉塞する心原性脳塞栓症と内頸動脈などの血栓が脳血管を閉塞する動脈原性脳塞栓症があります。

心房細動,弁膜症や心筋梗塞など心臓に病気を持っている人は心臓に血栓ができやすいことが知られており血栓が心臓から出て脳血管を詰まらせると脳塞栓起こします。そのため,予め血液をさらさらにするワーファリンなどの薬を服用し血栓の発生を防ぎます。

本件の患者も心房細動の持病がありました。

注腸造影検査中の腸穿孔事件

患者は50代男性,勤務先の定期健康診断で便潜血反応が陽性となり,大腸癌の精密検査を受ける目的で相手方病院を受診し,注腸造影検査を受けることになりました。注腸造影検査は,肛門から細い管を入れ造影剤(バリウム)と空気を注入し大腸の輪郭をレントゲンで撮影し腸壁の変形など異常がないか調べる検査です。診療放射線技師が肛門から管を入れる際,大腸を穿孔し大腸に入れるはずのバリウムを骨盤内へ注入してしまいましたが,技師も検査後レントゲン写真を見た医師も大腸を穿孔してバリウムを骨盤内に注入したことに気付かず患者をそのまま帰宅させました。患者は,技師が肛門から管を挿入したときから激痛が続いていましたが,注腸造影検査を受けたことがなかったのでこんなものかと我慢して帰宅したのですが,痛みは増すばかりで眠れない夜を過ごしたそうです。翌日救急搬送された患者は,バリウムによる急性汎発性腹膜炎を起こしており,直腸切除及び人工肛門造設の緊急手術となりました。

穿孔性腹膜炎の内,注腸造影検査により生じるバリウム腹膜炎は最も重篤で腹腔内へ漏出したバリウムは腹膜全体に付着し細菌感染を助長するため予後が不良で,死亡率22.0%と報告されており(1)~(3),患者が手遅れにならずにすんだのは不幸中の幸でした。九死に一生を得た患者でしたが,もし,患者が検査の後,痛みを我慢しないで医師に痛みを訴え原因解明を強く求め,時間を置かずに腸穿孔によるバリウムの骨盤内注入が発見されていれば,症状も後遺障害もより軽かった可能性があります。本件は,患者が,我慢強かったばかりに損をしてしまいました。こと病気に関して患者は,多少大げさなくらいが丁度良く,痛みや異常は患者が医師にはっきり伝えないと見落とされ手遅れになる危険があることに注意が必要です。

(1)清水輝久,下山孝俊,中越享他:バリウム腹膜炎症例の検討,腹部救急診療の進歩8:419-422,1988(バリウム注腸造影検査により生じたバリウム腹膜炎9例の報告)
(2)池沢輝男,長谷川洋,前田正司他:Barium Peritonitisの2治験例,日臨外会誌44:1477-1482,1983(注腸造影の際,直腸憩室を穿孔しバリウム腹膜炎を生じた症例,及び,胃透視の際,十二指腸球部前壁を穿孔しバリウム腹膜炎を生じた症例)
(3)安藤勤,大塚敏広,原田雅光他:転移性肝癌と鑑別が困難であった炎症性肝肉芽腫の1例,日臨外会誌62:1481-1486,2001(バリウム注腸造影検査で腸穿孔しバリウム腹膜炎を発症,バリウムが肝内へ侵入し炎症性肝肉芽腫を生じた症例)

注腸造影検査で穿孔を生じる原因

注腸造影検査で腸管穿孔を生じる原因は,大腸穿孔では,注腸造影時のカテーテルの先端による腸管壁の直接損傷や,バリウムや空気による腸管内圧の上昇によるものが殆どとされます。胃透視後の大腸穿孔では,大腸癌・大腸憩室等の基礎疾患が存在し腸管壁が脆弱な場合や,硬いバリウム糞便塊の停滞・通過に腸管内圧上昇が加わった場合に起こることが多いとされます(1)。 

実は珍しくない?消化管穿孔事故

医学文献を調べると検査の際の消化管穿孔は稀だと書かれていますが,医原性疾患(診療行為が原因で発生した病気)なので報告されることが少ないだけで,実際は稀と言うほど珍しくはないようです。過去の裁判例でも大腸内視鏡検査で医師が大腸を穿孔したケース (1),看護師が高圧浣腸した際大腸を穿孔したケース(2) ,腸内に滞留したバリウムでS状結腸に穿孔を生じたケース(3)等があり,いずれも患者が勝訴しています。
(1)神戸地裁判決平成16年10月14日: 国際線の機長(50代男性)が定期検診の大腸内視鏡検査の際,医師の過誤により大腸に穿孔を生じ,治癒して復職しましたが航空会社の内部規制により国際線乗務が禁止され減収を来たしたケースで,高額の逸失利益認められ損害賠償金4989万9528円が認容されました。
(2)高松高裁判決平成19年1月18日:患者は60代女性,看護師が大腸検査の前処置として高圧浣腸をした際,手技上のミスで大腸に穿孔を生じ人工肛門造設を余儀なくされたケースで,損害賠償金2928万9511円が認められました。
(3)大阪高裁判決平成20年1月31日:患者は60代男性,胃透視検査後,腸内にバリウム便が滞留しS状結腸憩室壁が穿孔したケースで,損害賠償金404万3421円が認められました。このケースでは後遺障害が否定され,また憩室はもともと穿孔の危険性が高いとして患者の身体的素因が考慮され損害額全体から30%減額された結果,賠償額が低くなっています。
【註】憩室:腸管等の臓器の壁がポケット状に落ち込んで生じた部分をいい,その発症頻度は加齢と共に上昇し,高齢者では左右大腸に発生するなど多発例が増加する。多発するものを憩室症というが,憩室症が特別な症状を示さず,特に治療の対象とならない場合も多い(判決文より引用)。

事件の特殊性と問題点

患者は,大腸癌の精密検査を受ける目的で注腸造影検査を受けたのに事故に遭ったため結局検査を受けることができませんでした。穿孔した腸管から骨盤内に注入されたバリウムは大量の温生理食塩水による腹腔内洗浄を行いましたが,完全には除去できず一生残るためレントゲン検査もCT検査もできなくなりました。バリウムの影響で検査を実施しても全体が白く写って骨盤内の状態を観察することができないからです。また,異物であるバリウムは強い炎症性変化を引き起こすため骨盤内炎症が治ることなくその影響で腸管が狭窄し内視鏡検査もできなくなりました。癌の精密検査目的で受けた検査でしたが,検査中の事故のせいで,今後癌を始め疾病の早期発見ができなくなってしまったのです。

更に,将来癌になっても残留バリウムによる骨盤内炎症の存在で創傷が治らないため手術は困難であり,患者は将来の不測の事態への不安を感じながら生きていかなければならなくなりました。

不測の事態を金銭的に評価することができないため,示談交渉では,病院に対し不測の事態が起きた場合の治療保証条項を和解書に入れるよう要請しましたが病院が応じず,やむなく示談成立後不測の事態が生じたときは別途協議する旨の条項を和解書に入れるよう要請しましたが,それにも病院が応じなかったため,現時点で算定可能な賠償額で示談せざるを得ませんでした。

このような示談をしても,示談当時予想できなかった再手術や後遺症が後日発生した場合には,被害者はその損害賠償を請求できるとする判例がありますが(最高裁昭和43年3月15日判決),不測の事態が起きたとき患者が裁判を起こさなければならないのは大変な負担ですので,事故を起こした病院の誠実な対応が望まれます。

 

夜間救急外来で不安定狭心症が見落とされ翌朝心筋梗塞で死亡した事件

患者は50歳男性,働き盛りのサラリーマン,数日前から胸痛・背部痛を覚えるようになり,痛みが酷くなったため仕事帰り,夜間救急病院を受診しました。当直医はベテランの外科医で,患者の症状から心筋梗塞と大動脈解離を疑い心電図,胸部レントゲン,胸腹部造影CT,血液検査を実施しました。CT検査の結果,大動脈解離を示唆する所見なく,心電図検査の記録紙に異常の心電図ST−T異常と印字されていましたが,医師は心筋梗塞に特徴的な波形が見られなかったことから緊急性がないと判断し患者をそのまま帰宅させました。患者は帰宅後も胸痛を訴えていましたが,医師から心筋梗塞ではなく緊急性がないと説明されたため我慢していたところ,翌朝,ベッドの脇で上体をのけぞらせた状態で死亡しているのを家族に発見されました。解剖の結果,死亡推定時刻は午前4時ころ,死亡原因は急性心筋梗塞でした。

■不安定狭心症は心筋梗塞の一歩手前の状態

病院が,外科医の診断に問題はなかったと過失を争ったため,第三者である循環器科医に診療録と検査結果を分析して貰ったところ,心電図の異常は明らかで患者は救急外来受診時,不安定狭心症という心筋梗塞の一歩手前の状態にあり,外科医が循環器科医に連絡し入院させるか,循環器専門病院へ転院させていれば患者を救えたことが分かりました。

病院は,第三者である専門医の医師意見書の内容を真摯に受けとめ,過失・因果関係とも認めたため遺族との間に示談が成立しました。

■狭心症と心筋梗塞の違い

心臓は,周囲を冠動脈という心筋に酸素や栄養素を供給する血管で取り巻かれています。狭心症は、冠動脈の血管が狭くなり心臓へ送る血流量が少なくなって心臓が一時的に酸欠状態となって胸痛発作を起こすものです。心筋梗塞は、冠動脈の血管が完全に閉塞して,心筋が壊死してしまう状態で胸骨下部ないし左前胸部を中心とした激烈な疼痛が30分から数時間持続します。

急性心筋梗塞の死亡率は30%程で大半は病院へ到着する前に死亡しますが,病院へ到着できた症例の死亡率は10%未満とされます。

この事件の患者は,心筋梗塞になる前に病院に到着していますから,当直医が不安定狭心症の診断を誤らず入院させ適切な治療をしていれば患者は死なずにすんだのです。

狭心症にもいろいろある!?

狭心症の診断で重要な点は,直ちに緊急処置が必要な不安定狭心症の鑑別診断です。安定狭心症は,狭心症発作の誘因や頻度が変化せず,一定以上の労作で生じる狭心症で緊急性はありません。これに対し,不安定狭心症は,狭心症発作の誘因が変化し頻度が増すなどの増悪性変化を認め,急性心筋梗塞や突然死に至る可能性が高い重症の狭心症で入院が原則です。

この事件の患者は受診時不安定狭心症の状態ですから,診察した当直医が循環器科医に相談するか循環器専門病院へ転院させていれば命が助かったのですが,当直医は,急性心筋梗塞と連続線上にある不安定狭心症が全く念頭になく,心筋梗塞ではないから緊急性がないと誤った判断をして患者を帰してしまいました。

患者がもし自宅で救急車を呼んでいたら助かっていたかも知れません。しかし,当直医から緊急性がないと告げられたため,痛みを我慢してしまいました。夜間救急病院を受診したことで救急車を呼ぶチャンスを奪われる結果となりました。

■患者になったときのポイント!

当直医のベテラン外科医は,若いときに不安定狭心症を勉強したはずですが,専門外の事に疎くなるのが世の常で,すっかり忘れていたようです。一般の方は,医師ならなんでも知っていると思いがちですが,専門外のことは殆ど知らないと考えたほうが良いです。ですから,医師にお任せにしてはいけないのです。自分の身を守れるのは自分だけですから,未だかつて経験したことのないような異常を感じたら自分の直感を信じ,医師に遠慮をしないで入院や転院を希望するなり救急車を頼むなりした方が良いです。

本当は体調が酷く悪いのに診察のとき緊張しているためか医師に「大丈夫です。」などと言ってしまいがちですが,顔を見ただけで病名が分かる医師は映画やテレビの中だけで,実際は重症感があるとか,典型的症状を訴えるなどしないと重大な疾患が見過ごされてしまいます。診察のときは,大げさなくらいが丁度良く,我慢をしないで症状を伝える努力をすべきです。もし持病があれば日ごろから典型的症状を調べておいて,診察のとき伝えられれば医師の見落としは減るかも知れません。

直感を信じることの大切さ!

循環器疾患の医療ミスのケースで,もう一つ患者が直感を信じていたら助かっていた事件を紹介します。患者さんは50代男性,メタボ体型でしたが健康に対する意識は高く,毎年一泊二日の人間ドックを受診していましたが循環器の異常を指摘されたことはありませんでした。患者は,最後の検査から11か月後に心筋梗塞で死亡しました。不信に思った家族が人間ドックの検査結果と心電図を取り寄せ第三者である循環器科医に調べてもらったところ,3年前から毎年心電図の異常が見落とされていたことが分かりました。協力医によれば,患者が精密検査を受け経皮的冠動脈形成術,ステント留置術などの治療を受けていれば心筋梗塞で死ぬことはなかったとのことでした。家族の話では患者は亡くなる数日前から胸痛が続き,前胸部の重い感じ,背部痛があり肩もこると訴えていましたが人間ドックで毎年循環器は異常なしと診断されていたのでまさか心筋梗塞になるとは夢にも思わなかったそうです。家族は,人間ドックで異常なしと診断されたことで,患者が循環器科を受診する機会が奪われたことを悔やんでおられました。

患者本人も,異常を感じていたようですが,人間ドックで異常が指摘されなかったことで循環器に問題は無いという先入観を持ってしまったことが不幸な結果に繋がりました。大切なのは,自分の直感を信じることです。たとえ人間ドックで正常と診断されても,異常を感じたら放置せず専門の医療施設で精密検査を受けたほうが安心です。精密検査の結果,異常がなければ安心して過ごせますから無駄にはならないのではないでしょうか。

看護師のうっかりミスで寝たきり状態に!

新聞に報道された看護師のうっかりミスを紹介します。患者は74歳女性,地方の病院でうっ血性心不全及び弁膜症と診断され,治療目的で都内の大学病院心臓血管外科に入院しました。患者は,強心剤を持続投与する必要があり点滴注射がされていました。来室した看護師が,強心剤の残量が少なくなっているのに気が付き,点滴の交換をしようと点滴装置の残量不足を知らせるアラームのスイッチを切ってアラームを鳴らなくしたのですが,他の用事で点滴を交換するのを忘れてしまい強心剤の投与が数十分間中断してしまい患者は,低血圧によるショック状態に陥り心臓の機能が更に低下し寝たきりとなってしまいました。 

■病院の対応−新聞の読み方

新聞には,患者家族は,「病院は点滴の電源を切ったことは認めており,過失は明らかだ」として損害賠償請求訴訟を起こす方針で,業務上過失傷害容疑での刑事告発も検討中(日経新聞平成28年6月10日),と書かれていました。このことから事故後,病院側が患者に対する損害賠償を拒否していることが分かります。病院側が,患者さんに損害賠償をするつもりがあれば示談交渉を進めるので訴訟(裁判)を起こすという話になりません。訴訟を起こす方針と言うことから病院側が示談交渉に応じず患者家族に裁判をやるならやってみろといった対応をしていることが窺えます。更に,刑事告発も検討中ということは,病院ないし病院が頼んでいる弁護士の患者家族に対する対応がよほど酷いことが推測されます。病院側,医師・看護師らが患者家族に謝罪し真摯に対応していれば,通常医師や看護師を刑事告発するということにならないからです。

ですから,新聞に明らかな医療ミスなのに患者家族が損害賠償請求訴訟を起こす方針と書いてあったら病院側が医療ミスを争っていることが分かり,刑事告発と書いてあれば相手方病院は医療ミスを起こしても患者家族に補償せずかなり酷い対応をしていることが分かります。もっとも,患者側弁護士に問題があって裁判になることはあります。

■本件のポイント!

この事件で,病院は,看護師が点滴の電源を切ったことは認めています。病院に過失があるのは明らかなのになぜ患者家族は損害賠償請求訴訟を起こさなければならないと思いますか? 

このようなケースで病院は,過失は認めるけれど発生した損害と過失との間に因果関係がない,つまり患者さんが寝たきりになったのは点滴の中断が原因ではないから損害賠償責任を負わないと説明しているものと考えられます。

医療裁判では,患者側が病院側の過失の具体的内容及び発生した損害と過失との因果関係の両方を立証しなければならず,立証責任を負っている方が立証できなければ負ける仕組みになっています。逆に言えば,損害賠償請求可能な法的意味での過失とは,発生した損害(死亡や後遺障害等)との間に因果関係のある過失のうちで立証可能なものと言えます。ですからたとえ病院が医療事故を起こしても寝たきりになった原因と全く無関係なら補償は受けられない可能性があります。

入院中の窒息死事件③−救急対応できない医師!

気管切開を受けた患者の痰が硬く吸引できない状態が続き,看護師の痰吸引中カニューレが痰で閉塞し,看護師が医師を直ぐ呼んだが医師の処置の遅れから植物状態になった事件です。患者は,70代男性,悪寒・発熱を訴え受診し髄膜炎の診断で声帯不全麻痺が見られたため気管切開を受けました。看護記録を見ると「痰が硬くて吸引できない」,「痰詰まりに注意」と連日書かれ,次第に患者が呼吸困難を訴えるようになり痰の貯留・気道狭窄を示す異音が聴取されている様子が記録されていますが,なんの対策もとられず,気管切開術後7日目,看護師が痰吸引をしたところ痰の塊がカニューレに詰まり窒息してしまいました。看護師は直ぐ当直医を呼びましたが,当直医は気管切開術後7日目だったためカニューレ交換に自信がなく,副直医を呼びました。副直医も直ぐ来室しましたが,やはりカニューレを交換する自信がなく上級医を呼びました。医師が3人揃って5分後に患者の呼吸が停止し心臓マッサージが開始されましたが,カニューレを抜去したのはそれから20分後で,患者は心肺蘇生しましたが低酸素脳症により植物状態になってしまいました。診療録を見ると,カニューレ交換自体はスムーズに行われており,医師が揃った時点でカニューレを交換していれば患者が植物状態になることはなかったケースです。

事故を起こしたのは総合病院で医師が揃っていながらなんで患者を助けられないのかと思います。最終的には示談がまとまりましたが,この事件でも病院側は当初過失を認めませんでした。

分かっていても何もしない看護師!?
この事件の問題点は,気管切開後の管理不足と救急措置の遅れです。看護記録には痰が硬く高粘稠で吸引しても排出できず痰詰まりによる気道閉塞の危険のあることが何度も記録され,事故前には異音がして看護師はカニューレが狭窄していることを知っていましたが,看護師たちは申し送るだけで何の対策もとらず放置しました。もし,気管切開当初からネブライザーで加湿し痰を柔らかくして排出しやすくして痰吸引を行っていればカニューレが痰で詰まることはありませんでしたし,気管切開術後1週間を経過していたのですから,医師に報告し,腕の良い医師のいる日中にカニューレ交換を実施していれば事故は起きず,当直医たちがパニックに陥って救急対応を誤ることはなかったと考えられます。
患者になったときのポイント!?

本来の病気と全く関係のない痰詰まりで窒息死しても病院は過失を認めず補償もされないのですから,患者自身で身を守るしかありませんが,痰吸引は看護師に委ねられているので患者が自分で出来ることは医師・看護師とのコミュニケーションを良好にすることぐらいでしょうか。ともかく注意すべきポイントは,①痰で窒息死することがあること,②特に,気管切開術後1週間以内が危険であることを忘れず,③痰吸引など気管切開後の看護の重要性を認識していない看護師が多いこと,④緊急対応できない医師や看護師がいることを患者が認識することです。最初に紹介したケースのように,看護師に伝言をしても医師に報告しない場合があることを考えると,もし気管切開術後1週間以内に痰が溜まって呼吸困難を感じるようになったら医師に直接対応をお願いした方が良いでしょう。

入院中の窒息死事件②−看護師のうっかりミス!

患者は,70代半ばの女性で,入院中にくも膜下出血を起こし気管切開して人工呼吸器が繋がれていましたが,気管切開術後5日目,看護師が体位変換をした際,カニューレが抜けそうになり,無造作に入れ直したところカニューレが気管ではなく皮下へ入ってしまい,誤挿入に気付かずそのまま退室したため患者が窒息死した事件です。ご遺族によると,ご遺体は,人工呼吸器から皮下に送り込まれた空気で膨れあがり大変痛ましい様子だったといいます。

最終的には示談がまとまりましたが,病院側は,当初,患者が咳き込んでカニューレが勝手に皮下に迷い込んだと弁解し,過失を認めませんでした。    

気管切開1週間以内が危ない!
長い時間寝たままですと循環障害を起こして床ずれ(褥瘡)ができるので寝たきりの患者の場合,看護師が褥瘡を防止するため定期的に体位変換を行います。気管切開をしてカニューレに人工呼吸器が繋がっている患者では,カニューレが抜けないようにカニューレを保持するか,カニューレと人工呼吸器回路の接続部を外して体位変換を行わないと人工呼吸器回路の重みでカニューレが抜けてしまうため注意が必要ですが,カニューレの抜去事故は頻繁に起きています(PMDA医療安全情報No.36 2013年3月)。

そして,看護師が,抜けたり抜けかかったカニューレをそのまま押し込んで気管ではなく誤って皮下に挿入し窒息死させる事故が起きており看護師に対し注意喚起がなされています(気管カニューレの皮下誤挿入事故/一般社団法人日本医療安全調査機構医療安全情報No.1 2012年9月)。

気管切開をして頚部に開けた孔(気管切開孔)は,時間が経つと固まってカニューレの出し入れは容易になりますが,気管切開術後1週間以内の時期は孔が固まっていないためカニューレが抜けると孔が塞がってしまい再挿入に難渋することがあるため,抜けないようにしっかり固定することが重要とされています。カニューレが皮下に迷入してしまう皮下誤挿入事故は,気管切開術後1週間以内に多く起きていますが,気管切開孔が固まっていないことが原因です。

カニューレの内部は,痰などで次第に狭窄するため定期的にカニューレを交換する必要がありますが,気管切開後1週間以内は再挿入が難しいことから,気管切開後1週間経過するまで交換しないことが多く,そのため,適切な痰吸引が行われないと貯留した痰でカニューレが詰まって窒息する危険があります。カニューレの痰詰まりによる窒息事故も,気管切開術後1週間以内に集中しており,術後一週間は特に注意が必要です。

看護師はどうすべきだったでしょうか?

本件事故は,看護師が,患者に人工呼吸器回路が繋がっていたのに不注意に体位変換をしてうっかりカニューレを抜いてしまい,そのまま無造作にカニューレを押し入れて皮下に挿入し,患者の状態を観察せず退室してしまったことが原因で起きました。

では,看護師はどのように行動すべきだったでしょうか?

看護師は,気管切開術後1週間以内の時期は,気管切開孔が固まっておらずカニューレの再挿入が困難で皮下に迷入する危険のあることを認識する必要があります。その上で,体位変換を行うときは,カニューレと人工呼吸器回路の接続部をはずして体位変換を行うか,複数の介助者でカニューレを保持して体位変換を行い,カニューレが抜けないよう注意することが大切です。術後1週間以内は皮下迷入の危険がある為,カニューレが抜けかけたり抜けてしまったときは直ちに医師を呼ぶべきです。又,カニューレから人工呼吸器回路をはずして痰吸引を行った場合や体位変換を行った場合などカニューレを触ったときは,患者の状態や人工呼吸器の表示を観察し,換気がなされていることを確認してから患者のそばを離れる必要がありました。

うっかり患者を死なせるなどあってはならないことで,いったいどんな看護教育を行っているのかと疑問に感じますが,事故を起こしたのは大学病院の附属病院でした。

■気管切開患者の入院中窒息死事件

入院中の患者さんが,元の病気と関係なく喉に痰を詰まらせて窒息死することがよくあります。窒息死事件の法律相談を年4回受け,何人かの医師に伺ったところ入院患者では珍しくないとのことでした。病院は,患者家族に急変しましたと説明し,死亡診断書には呼吸不全と書かれることが多いようです。大抵は闇から闇へ葬られますが,家族が事故だと気がついたときも,病院は基本的に過失を認めません。痰で窒息するなんて想像しただけでも恐ろしいことですが,病院に入院しているのに助からず,補償もされずに泣き寝入りとはいったい病院はどうなっているのでしょうか?

なぜ痰詰まりで窒息するの?

そもそも,なぜ気管切開患者は,痰詰まりで窒息するのでしょうか?

気管切開とは,気管に孔を空けカニューレと呼ばれる管を挿入し気道確保する方法です。重度意識障害で長期間人工呼吸管理が必要な場合の他,喉の炎症や術後など気道が狭くなって気道閉塞の危険性がある時,気道を確保するため一時的に置かれることがあります。カニューレを付けると普段痰の出ない人でも痰が増えますが,気管切開をすると自分で痰を喀出できなくなるため,痰の排出は看護師さんに委ねられます。カニューレをつけると空気が鼻を通らないので乾燥しやすく痰が硬くなります。又,術後で血液が痰に混ざると凝血痰塊が形成されやすくなります。看護師さんは,細い管をカニューレに挿入して痰吸引をしてくれますが,高粘稠性の痰は吸引しても上手く吸い上げることができず痰が排出されないまま貯留し続け,痰がカニューレを詰まらせ窒息する危険があります。

そのため,ネブライザーで加湿して痰を柔らかくして排出しやすくしたり吸引しても除去しきれないときは気管支鏡で除去する等の方法がありますが,医師や看護師の認識不足から適切な呼吸管理がなされず,痰による窒息事故が後を絶ちません。           

入院中の窒息死事件を3例,ご紹介します。

入院中の窒息死事件①−医師を呼ばない看護師!

喉が腫れたため排膿と気管切開術を受けた患者が,看護師による痰吸引中,看護師が吸い上げた痰塊によりカニューレが詰まり窒息した事件です。

患者は,70代後半の実業家男性,現役で仕事をされていた方です。ゴルフ中に喉に痛みを覚え大学病院附属病院を受診したところ頸部膿瘍と診断されました。丁度ゴールデンウイーク前で病院が長期休診になるため,2週間の予定で耳鼻咽喉科へ入院し膿を出す手術を受けることになりました。喉の手術をすると手術部位が腫れて気道が狭くなることがあるので気道確保の目的で一時的に気管切開をしてカニューレが挿入されました。喉が腫れただけの患者ですから経過は順調で,気管切開をして話せませんでしたが院内を歩き回り,見舞客の対応をしたり,ホワイト−ボードを使って仕事の指示をしたりと,いたって元気に過ごしていました。

ところが,術後5日目の夜7時30分ころ,A看護師がカニューレから痰を吸引し始めたところ窒息しそうになりました。患者の傍で様子を見ていた妻が,もう一度痰吸引をしたら患者が窒息してしまうと心配し,A看護師に医師を呼ぶように頼みました。A看護師が,先生はもう帰りましたと言うので,救命救急科の先生ならいらっしゃるだろうから呼んでと頼みましたが,A看護師は,耳鼻咽喉科の先生の許可がないと救命救急科の先生を呼べませんと答えました。そこで患者の妻が,耳鼻咽喉科の先生に電話をして救命救急科の先生の診察を受ける許可をもらってくれと頼んだところ,A看護師は分かりましたと言って退室しました。しばらくしてA看護師が戻ってきたので妻が耳鼻咽喉科の先生の許可をもらったか尋ねると,A看護師は,先生に報告したこところ度々痰を取れば大丈夫といわれたと答え,痰吸引を中断したままそのまま退室してしまいました。

夜8時55分,B看護師が来室し痰吸引をしようとしたので,患者の妻が,先ほど窒息しそうになり耳鼻咽喉科の先生への報告を頼んだことを再度確認したところ,B看護師が,度々痰を取れば固まらないと言われましたと答えたため,患者と妻は,先生がそうおっしゃるなら仕方がないとB看護師が痰吸引をするのを許しました。後で分かったことですが,いずれの看護師も耳鼻咽喉科の医師に報告しておらずナースセンターで看護師同士で申し送りをしたのみでした。患者の妻は,もし看護師が医師に報告していないことを知っていたら,けして痰吸引を許さなかったと悔しがっておられました。

さて,8時55分に来室したB看護師が痰吸引を開始したところ,途端に痰の塊がカニューレを詰まらせ,患者はベッドから転がり落ちるように飛び起き,喉を掻きむしって苦しがっていましたが次第に意識を失いよろよろと個室トイレの方の壁に寄りかかったのでB看護師と妻が患者を支え個室トイレの便器に座らせましたが,患者は意識を失い動かなくなりました。その間,B看護師は,医師を呼ばずにナースコールをし,呼ばれたC看護師は,B看護師に酸素ボンベを持ってくるよう指示しました。暫くしてB看護師が酸素ボンベを持ってきましたがボンベとカニューレの間を繋ぐ管がないのに気付きまたナースステーションに取りに戻り,それから酸素を投与しましたが,カニューレは痰が詰まって閉塞していますから酸素は通りません。それからようやくドクターコールをし,医師は数分で駆けつけましたが,患者は既に心停止状態で,心肺蘇生しましたが,窒息により脳に酸素が行かない状態が続いたため低酸素脳症となり約1か月後に死亡しました。

看護師は,患者が窒息しているのにナースステーションに酸素ボンベを取りに行って時間を無駄にしていますが,持ってくるべきだったのは強制換気に使う蘇生バッグと救命救急に必要な道具が入った救急カートでした。医師は,ドクターコールを受けてすぐ来室していますので,もし看護師が,直ちにドクターコールをしさえすれば患者は助かったはずです。

大学病院附属の大病院で看護師がいながら痰を詰まらせただけの患者を救えないなど,あってはならないことです。しかし,病院側は一切の過失を否定し裁判をするならやってみろという態度を取り,裁判で争うことを望まなかった妻は謝罪も何の補償も受けられませんでした。

妻は事故現場に立ち合っており一部始終を目撃していましたが,事故後の病院側の説明で看護師が口裏を合わせて嘘ばかりつくので本当に悔しかったと語っていました。

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